ホワイトアウト・サイドA


それは夢に似ているけど、夢じゃない。オレは、オレの前に立っていた。

鏡に映したようにそっくりな彼に、俺は思わず息を呑む。赤いスーツ。2本の前髪。腕捲り。腕輪。こんな人は他にいない。視界は彼しか写さないし、他は真っ白な空間だ。これがあの、メイスンシステム、いや、聞いていたのとはかなり違う。
「…キミは。」
声を掛けると目の前の俺はぱたぱたとまばたきをして、あーとかえーとか変な返事を返してくる。何だコレ、いつのオレだ。どんな動揺だよ。困るんじゃない、ホースケ、相手はオレだぞ。
「キミは、4月のオドロキホースケ、…かな」
質問を重ねてみる。多分オレの方が若干未来のオレだと思う。そしてこの意味のない慌てっぷりの目の前のオレは、4月までの形だけ弁護士のオレなのだろう。何故かって、見たくは無いけど見えるからだ。著しい動揺、癖、そういうものが。そう、彼は何もしらなかった昔のオレだ。今の、というか4月以降のオレは、あんなに幸せそうじゃない。向こうのオレがまるでベテランのように頷くのも、所詮ハッタリなのは見え透いている。浅ましい。「今、何時?」
また質問をしてみる。彼は止せばいいのに壁掛けの時計を探している。この空間に時計なんかない。多分それすらも向こうのオレは気づいていない。彼は存在しない壁掛け時計を探し、そして今更この真っ白な空間に驚く。やっぱり、周りが見えていなかった。
仕方がないと見たか、彼は額を押さえながら答えた。
「ええっと…9時半、前だと思いますけど…」
9時半、…多分彼の見た目云々なら察するにこの王泥喜法介は、あの、4月20日のオレだ。そして9時半。先生とも会う前だ。発声練習に並々ならぬ根拠のない自信を面まえていた、幸せなオレ。
「9時半、か。」
口元が自然に歪んで、視線を伏せた。前髪が次いで下を向く。多分目の前のオレは不思議そうな顔をしているだろう。やっとオレのことが違うものだと認識し始めたのかもしれない。ああ、でも彼とか言ってるけど、目の前の王泥喜法介は紛れもなく過去のオレだ。変な構図。仮にA、Bとかで考えても同じ人同士が向き合っているのっておかしいハズ。オドロキA、オドロキB。同一人物のはずなのに考えることは全然違う。いや、案外向こうもAB言ってるのかもしれないけど。そんなことを考えて、試しにオレは自分が思っていることを聞いてみた。同じことを考えているのだろうか、と。
「アンタは、先生が好きか?」
「え、…ハイ?」
オドロキAは少し込み入った質問をした。とんでもないことを、とオドロキBは声を裏返した。しかし彼は、一呼吸おいて、言った。
「オレは、…好き、です。あんな凄い人と一緒に居れるだけで、オレは幸せです。」
ひく、と喉が揺れた。これはオレの。でも一瞬別の人のみたいに思えた。変な気持ち。気管を鷲掴みにされたように、息が通らなくなる。
「…そう。幸せなんだ。」
「ええ、幸せです、」
それは多分言えない言葉だった。彼は、先生は、優しくて穏やかな雰囲気があった。何よりも彼のことを尊敬していた。でも今はそんなことを言える気にならない。オレよりもっと傷付いて、オレよりもっとたくさんのものを失った人が、たくさんいるのを知ったから。
「幸せ、か」
でも彼はそんなことを知らない。何もしらない。そう思うと過去のオレがなんだか情けなくなってきた。嘆かわしい。情けない。あの頃は青かった。しかし、何故か喉はきつくて、胃が縮こまったままだった。目の前の若いオレを嘆いているはずなのに、溜め息も出てこない。むしろ、逆になぜか涙が出そうになった。なんなんだよ意味わかんねえ、と自分を叱咤する。でもどうにもならない。それの名前が分からない。気持ち悪い。オレはどうしてこんなに苦しいんだろう。なんの所為だ、牙琉先生のせいか?オレが、牙琉先生に裏切られたから?

「先生、が…?」

それは震えて正面から聞こえた。オドロキBからだ。次いでオレの身に走る変な悪寒。一瞬怯んでそれから違和感に気づいた。今会話が成立したぞ、オレは口に出してないはずなのに。動揺した声がぼろぼろと零れる。…まさか。
「…みぬかれた…?」
そうだ、よく考えてみれば彼だってみぬくことができるはずだ、だってオレなのだから。腕輪を持っていて、或間敷の血が流れているのだから。しかし、その彼の反応は尋常じゃなかった。目を見開きながら、あろうことか涙を落としていた。ぼろぼろと。その姿はもの凄く苦しそうで、辛そうだった。いや、ちょっと待て流石にオレでもみぬく時こんなにはならないぞ。オドロキBは何をみぬいたんだ、オレの、どこを。
「まさか、アンタ」
オレの、オレすらも分からなかった深層をみぬいたのか、多分そうだ、じゃないとこんな一大事にはならないはず。何を見たんだよ、オドロキホースケ。怖くなって、咄嗟に彼に触れると、彼は力なく転がった。荒い息だけが響く。
瞬間。白い世界はオレをはじき出した。…そして。


「…起きてくださいよ、オドロキさん、」
「……ん、っあ、れ?…みぬきちゃん?」
目が覚めた。嫌な目覚め方だ。ていうかそのまえに、
「…勤務中に昼寝なんてオドロキさんったら、大丈夫ですか?」
「えっ、」
勤務中、あれ…うっかり寝ちゃったって…マジで?
「…みぬきちゃん、あの、クビだけは」
「えーどうしよっかなぁ、所長ですからね、みぬきってば」
「そ、そこをなんとか、」
「まあ…オドロキさんがその口の端に付いてるヨダレを何とかしてきたら、いいですかね、」
…えっ、オレどんな夢見てたんだよ、ヨダレ垂らすとかどんだけ幸せな夢だよ。
「そういう、のは、早く言ってくれぇ…!」
慌てて洗面所に駆け込んでその惨状を確認しようとした、が。オレの顔に付いているのは、涙の跡だけで。なんというか、所長のさりげない気遣いを感じた。ありがとう、と心の中で呟く。しかし、涙出るとか、一体どれだけ辛い夢を見たんだろう。オレはそんな疑問を残しながら、寝起きの気だるさを洗い流した。



(自分ですら気づかない矛盾)


_______
サイドオドロキくんA、こっちは4ー4後の全部知ってるオドロキくんです。
でも1周目。
全部を知ったら多分もう先生が好きなんて言えないけど、それでも心の一番深い奥はまだ先生が好きだよっていう設定が、4ー4後のオドロキくんだと思います。私的には。

2010.06.26


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