ホワイトアゲイン

彼は隠し事に疎い。

私ほどの男なら今日の修羅場くらい、のりきれるのだと思っていた。審理直前で担当弁護士を代えてくれ、と頼まれたのには面食らったけれど。しかも珍しくも彼の死んだ瞳の中に仄明るい企みが見えた気がして、気味が悪かった、が。私は極めて冷静に頷いた。
ご指名は私の弟子。正直意味を捉えがたかったのは否めない。が、その指名は私に安堵を与えたのだ。なんだってあんな新米に。確かに私の法廷スキルを叩き込んでじっくり育ててきたけれど、そんなことを言ったって経験には適うはずがない。あの場にいなかった者に今回の事件が、7年前の心持が、分かるハズがない。私がいうのも何だが、彼はまた自分からありもしない罪を被りにいくつもりなのだろうか。私は9時半を過ぎて、控え室に向かった。


私は今日の担当弁護士、オドロキくんに話しかけた。彼は口ごもったり考えごとをしたりしていて、なかなか会話が繋がらなかった。私は、彼が緊張しているのを悟った。というか認めざるを得なかった。明らかに挙動不審だ。俯いては顔を上げて、そうしてこちらを伺ったりして、彼の視線が私をふらふらとなぞるのが分かった。彼はなんとなく早くも泣きそうに見えたので、私は、優しく微笑んでやる。ついでに頭を撫でて、それから受付に向かった。

審理はしめやかに始まった。私の隣の弁護士は緊張こそしているものの、黙々と考え込み、着々と矛盾を剥いでいく。彼の言葉運びは慎重だった。時折詰まって、しかし驚く程正確だった。まるで何かにとりつかれているのでは、そんな気すらした。大丈夫、大丈夫。小さく暗示をかける声。震えて掻き消える。前髪が、せわしなく跳ねてはかきむしられて、私は隣で、彼の優秀ながらただならぬ雰囲気に身を案じるしかなかった。
異変が起こったのはそのすぐ後だった。逆居雅香を尋問している途中、彼は、力尽きたように彼は突っ伏して動かなくなってしまったのだ。荒い息だけを肩でしながら。ぷっつりと、糸を切ったみたいに。それは本当に突然のことで、隣にいた私も最初は分からなかった。さっきまで証人をゆさぶって、今にも突きつけようとしていた、その矢先のことだったから。彼の前髪はうなだれて、矛盾を指した手も机に崩れ落ちていて。私はその突然のことに、イミもなく取り乱すしかなく。
「……できません、やっぱり、オレ、無理です。」
彼が小さく、ごく小さく呟いたのも、一瞬空耳かと思った程だ。私は裁判長に彼の体調不良を訴えて、20分の休憩を取って貰った。その間、彼はかろうじて息をしているだけみたいに、無気力だった。
控え室に彼を運ぶと、彼はぐったりした様子で謝罪を紡いだ。ソファーに彼を座らせて、目線を合わせる。涙ぐんでいる。苦しそうだ。
「…どうしたのですか、いきなり。」
成歩堂には聞かせないように彼に近づいて、囁いた。彼は俯いていた、死にかけて潤んだ顔を、上げる。
「オレは、…先生と離れるのは、イヤです…っ、」
震える声が、回された腕の重さと一緒に、のしかかった。
「オレが言わなかったら…先生は、ムザイになるんでしょ、う」
やだ、やだ、とぐずって彼は私の首に腕を絡める。
「言いたくないんです“真実”なのに。…すいませ、ん」
私は体の芯が冷えるのを感じた。審理はまだ、逆居雅香を尋問し始めた所だ。まだ第三者の存在はおろか、私の失言にすら彼は気づいていないハズなのに。彼は、
…彼はどうして私が浦伏を殺したと、知っている…?
よしよし、と彼をなだめながら、私は動揺を隠せなかった。審理は、再開しようとしている。

(全てを知ったら、耐えられない)


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2周目で牙琉先生を告発するのが怖くて、電源を落とすしかありませんでした。

2010.06.20


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