ホワイトアウト・サイドB


それは夢だ。オレは、オレの前に立っていた。

鏡の前じゃない、同じ動きなんかしないし、なんか雰囲気も違う。それでも目の前の彼はオレだった。赤いスーツ。2本の前髪。腕捲り。腕輪。こんな人は他にいない。なんで。
「…キミは。」
向こうのオレが話しかけてきた。あ、ああ、とか曖昧な変な返事しかできない。困るんじゃない、ホースケ、相手はオレだぞ。
「キミは、4月のオドロキホースケ、…かな」
相手のオレには何かオレにはない余裕があるみたいだ。舞台慣れ、というのか、なんだか図太い。負けないようにこっちも余裕を醸し出すようにしてみて、とりあえず頷く。
「今、何時?」
また質問。オレは壁掛けの時計を探す。腕時計は持ってない。始終巻きついているのは腕輪だけで充分だ。それに時計なんか、どこにだって付いてるし。…しかし、壁掛け時計は見つからない。むしろ壁が見つからない。白い世界。何もない空間。仕方がないので、記憶と感覚で答える。
「ええっと…9時半、前だと思いますけど…」
あれ、なんでオレ、オレに敬語使ってんの、無意識って怖い。
「9時半、か。」
向かいのオレが視線を伏せる。前髪が次いで下を向く。何かあったのだろうか。このオレは4月20日、9時半のオレではないオレなんだろうか。あれ、オレオレ言い過ぎてわかんなくなってきた。A、Bとかで考えた方がいいのかな。向こうがオドロキA、オレがオドロキB。あれ、なんでオレがBなんだ。無意識って怖い。
「…アンタは、先生が好きか?」
「え、…ハイ?」
オドロキAがとんでもないことを口走った。オドロキBは良く分からなくて声が裏返った。なんてコトを。先生、て。
「オレは、…好き、です。あんな凄い人と一緒に居れるだけで、オレは幸せです。」
それはどっちかというと尊敬に近いものだが、でも彼の柔らかな話し方が、落ち着いた雰囲気が、大好き…ああやっぱり好きなんだな。
「…そう。幸せなんだ。」
「ええ、幸せです、」
今日は初めての弁護の仕事だけど、発声練習はちゃんとしてきたし資料は読んだし先生には隣に居てもらえる。昨日約束したから、多分。大丈夫、大丈夫。むしろ初めてベンゴシらしいことができるんだから、確かにこれほど幸せなことはない。念押しするように確認取られたけど、今度は自信を持って言い返す。よし、オレやればできるじゃないか。

「幸せ、か」

何も知らないからそうやって笑えるんだ、

…え。今、なんか一言の後に何か流れ込んできた。なに今の。直接頭に声が響く感覚。何も知らないからそうやって笑えるんだ、どういうこと。なんか、気持ち悪い。

あのとき、成歩堂さんもみぬきちゃんも、苦しんでたのに。なのにそんな笑い方ができるんだ。

誰だよ、みぬきちゃんて。向こうは口を開いてないのに、剥き出しの感情ばかりがこちらの頭に直接響いて揺れる。

先生に裏切られるって、そんなことも知らないから。

…え、
「先生、が…?」
「…え、あ、…みぬかれた…?」
気持ち悪い、喉がつっかえる。思考が脳に噛みついて流入する。息ができない。これから起こる裁判のこと、先生のこと、新しい事務所のこと、検事のこと、ラミロアさんのこと、7年前…。リアルで鮮明なイメージだった。立ってられない、気持ち悪い、涙出る、とんでもない、大丈夫じゃない。目の前のオドロキホースケはいなくなっていた。オレの体はずるずると地面に転がって、頭の痛みと気持ち悪さに喘いでいた。…そして。


「…大丈夫ですか、オドロキくん。」
「……ん、っう」
目が覚めた。頭が痛い。何があった?
「…うなされていたよ、初陣の前に昼寝とは、全く、私はキミの将来が心配です。」
「…」
「…オドロキくん?」
「……」
「…オドロキ、くん。」
「……っ!、だ、大丈夫です!」
「…どうしたんですか、声がウラ返った上、カスれて聞き取りにくいよ。」



(知らないということがこんなにも幸せだったとは)


_______
サイドオドロキくんB、ゲーム最初のなんにも知らないオドロキくんです。
でも2周目設定。
この時期のオドロキくんが一番、先生大好きを全面に出してると思ってます。私的には。

時間軸は「ホワイトアゲイン」の前の話。
4ー1は初見用の物語じゃない、という持論からできています。

2010.06.14


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