肩ごしの恋人


夢を見た。

オドロキくんにその話をすると、彼はひとしきり反応を返した後急に静かになったのだ。
「…珍しい、ですね。」
寄った眉根が私を見て、唸った。私はその顔に思わず噴き出す。何故って彼のその顔は、まるで熱を疑う母のような感じだったのだから。特に目がこっちを捉えるのがこそばゆくて。私は眼鏡を直しながらふわりと笑ってみせた。言いたくないが、使い慣れた顔で。
「そうですね、いつもは夢なんて見ないのに」
「いえ、そうじゃなくて、」
彼は微笑んだ私に対比するように、眉根を寄せて言葉を切った。昼下がりの事務所はカーテン越しの日差しが緩やかに揺れていて、それは私の好きな雰囲気だ。彼の言葉も今なら私の中に好意的に揺れる。自信のない前髪を後押しするように、息をつく。気づけば唇は言葉を誘い出していた。
「そうじゃなくて?」
彼はこちらを見据える。
「先生がこんな話をするのが、珍しいなって。」
彼は一つ一つ確かめるように言った。違うかなあ、という付け足しが遠慮がちに添えられた。それを聞いた時、一瞬足が動かなかった。やれやれ、と姿勢を変えようとしたのに、自分の足は動きを拒否する。ああこれだ、と思った。ちょうど夢で見たそれに重なる感覚。どこまでが夢なのか分からなくなりかけた。何度も何度も私は優雅に食事をしているのに、最後にはガラスの向こうに押し出されて、破片と一緒に高い空を落ちる夢だ。さっきまで食事をしていた高層ホテルのレストランの壁のような窓から。一緒に食事をしていた赤いスーツが、身を翻して。
「先生って、あまり自分のことを話さないでしょう、だから」
「珍しい、ですか。」
「はい、…スイマセン仕事中なのに」
「いいえ、」
気づけば彼を無意識に許していた。本当なら話を合わせて彼を気軽にたしなめるところだが、続きが出ない。夢の話を掻い摘んで話しただけなのに、彼はこちらにしっかり目を合わせて。
…ああ。変に表情が緩んだりひきつったりする。いつもの微笑みが使えない。こんな顔を見せてはいけない。勘だけは良い恋人はきっと何かを悟るだろう。これは自己保身、それとも不安だった、まさか。とにかくどうしようもなくて身長差の甚だしい彼を抱きしめた。くぐもった抵抗が聞こえたがすぐに大人しくなって。「…せんせい」
「……」
「牙琉の『が』は頑張るの『が』ですよ」
「…は、…?」
「牙琉先生は、大丈夫です、」
そうやって心配そうに言うから。余計に。
「キミに心配されたくはないですね、」
いつもより締まらない微笑みは、腕の力をより一層強めて、彼は焦ってもがく。伴った叫び声はぎゃあ、とかうわぁ、とか全く色気のないもので。しかしそういうのがいかにも彼らしくて。
「キミは、」
何も知らなくていいのですよ、途中で言葉を霧散させて、その代わりに腕を解いてオデコに一瞬唇を落とした。手っ取り早く会話の流れをぶった切る安易な方法。なのにそれにやたら気持ちを込めてしまって。こんなことでしか繋がれない恋人。不便にしたのは間違いなく私の方だけれど。顔を真っ赤にした彼がこちらを見上げて目があって俯く。
「…ずるいですよ、先生」
「……そうですね」



(規定量をも満たさない恋人関係、)


______

いつも温いのでたまには、と今回のコンセプトは甘い霧王だったんですが。な、なんかやっぱり温い…、あめこには糖分過多は恥ずかしすぎまし、た…

2010.06.10


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