ラップは確かに小鉢を覆っていた。

机に置かれた、葉野菜の緑色の詰められたサラダ。いびつだし彩りは見事に一色だし、こんな日の起き抜けにこんなものを見るとは。俺は寝癖をいじりながら物言わぬそれを見つめた。ラップにくるまれた小鉢に趣味悪すぎるだろ、と悪態をついてみる、ついでに透明なビニール膜もつついてみる。しかし、当然ながら、応答らしい応答は得られなかった。アタリマエ、常識、というやつだ。でも、確認しておきたかった。
昨日、アイツは消滅予告をした。聞いた瞬間笑った、笑わない方がおかしい。あんな現実味のないことを、とんでもなく大真面目に低い声音でゆっくり言い噛みしめるように言うんだから。それは空気の読めない冗談、に、なるはずだった。
誰も否定をしなかった。最後まで俺はそれを信じられなかった。でも、よく考えてみれば、失踪する当の本人が予告しているのだからそれはむしろ宣言、みたいなもので。俺はそれを早くに受け入れてやるべきだったのかもしれない。いつも無口で、無表情で、でもたまに言う一言にびっくりさせられたりしたもんだったから、あんな風にされたのに何も感じられなかったのかもしれない。今更、家の空気の中にもの足りなさを感じた。次に生まれ変わったら、また僕は僕になれるかな、なんとなく定まらないトーンで言われた、一言。大丈夫じゃねーの、良く考えずに言った一言。あれは一体、本当はどれほどの重さを持っていたのだろう。からりと乾いた家の空気を吸い込む、喉が乾く。
小鉢を取り上げて、ラップを剥いで、フォークを、突き刺した。
緑の葉が小鉢の中で踊った。みずみずしい、潤ったままの、愛おしい水分。そのまま、噛み砕く。しゃきり、咀嚼の度に喉の潤いを感じた。ドレッシング必須だろう、と最初には思っていたのにいざそういう段階になるとそんなものはどうでも良くなって。とりつかれたみたいに、フォークは小鉢を抉って。いつまでもこのみずみずしい心地よさを感じていたかった。置き手紙みたいにちょこんと置かれたただの野菜千切り盛り合わせ。それは元々あったみたいに体に染み渡る。取り込む、というより補う、という感じ。ラップされたレッドからの不恰好な手紙。それはみずみずしく歯の上で音を届けた。


保音。
(大丈夫、大丈夫。受け取ったよ)



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なんかこうやって何気ないことで互いの信頼を伝え合ってるといいな、という思いで。
多分失踪先はリメイク版。

2010.06.14
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