ガラススタンド

今日も今日とて事務所の掃除だ。

依頼人は今日も来ない。暇で仕方ないので最近オレは掃除ばかりしている。最初は只の時間潰しだったのに、今では趣味みたいな感じになってしまって、毎日の習慣になりかけているから不思議だ。なんというか、不覚。でも食品模型を片付けたり、掃除機をかけたりして、きれいになっていく部屋を見るのは気分が良いことで。
じゃあ気分の乗ったついでにどうせなら、とオレはチャーリー先輩を傍らにつけるドアの向こうの部屋に足を踏み入れてみた。広がるのはさっきの部屋とは違う空気。意外とこの部屋はすっきりしているような気がする。雑多な密度のない部屋。シンプル、というのが似合う部屋。オレは辺りを見回した。息をつく。別の世界のように感じたけど、ここは正真正銘成歩堂なんでも事務所だ。実はこの部屋には数える程しか入ったことがない。でもやっぱり漫然とした生活臭がするのに変わりはないのだ。さっきよりは楽な仕事になりそうだ、と思いながら、窓を開けた。
日の傾きかけた空をホテルが切り取っている時間帯。何気なく見やった窓の向こうには最近また改装中だというホテルのある一室が見えた。ホテルの名前はバンドーなんとかって感じ。どうやら儲かっているらしい。羨ましいな、と思って窓拭きをしていると誰か、ボーイみたいな人が向かいの部屋の引き出しをいじっては離れて頷き、を繰り返しているのが見えた。満足気に頷いているのをみると、なんだかホテル業も楽しそうだな、という気にもなってくる。何にしろ、仕事らしい仕事があるのは羨ましいことだ。不可思議な行動に写ったので、気になったけど何をしているのか理解できなかったのでそれ以上は気に留めなかったけど。
窓は大きくて、終わる頃には夕日が差していた。オレ窓を閉めてブラインドをさげる。
バケツの中で雑巾をゆすいで、絞って、ふと視線を上げて、

棚の奥隅に段ボールがあるのを見つけた。

さっきまでは全く気づかなかった。オレはそれを取り出して身の前に置いた。好奇心が疼くのが分かった。それはうっすらとホコリを被っていた。この事務所には意外と年代物は少ないのでその段ボールは言いようのない謎を帯びて、オレの目に写ってしまう。辺りを見回して、ホコリを軽く払って、ただ合わされただけの段ボールの蓋を片方ずつそっとめくって。でも。
段ボールの中身は、ビニール袋の中に入った、ガラス片だった。何か特別なイミを垣間見たようなドキドキがみるみる消えていく。でも諦めきれなくてビニール袋の結び目をそっと解いた。でも。
それはやっぱりただの破片だった。直接見ても変わらない、透明なガラス片。わくわくした気持ちが消えると今度は何だか冷静になった。…何故こんなものが棚の隅にあったのだろう。疑念がもくもくと湧いてきて、自分で自分にため息をついた。何に、と敢えて言うなら若さゆえの好奇心、みたいなものに。考えられるとしたら、なんだろう。成歩堂さんがゴミを出すのを忘れたとか、…ううん、それは大いにあり得る気がする。というかそれしか出てこない。みぬきちゃんが触ると危ないから、来週のゴミを出す日まで閉まっておこうとして、…そのまま忘れてしまった。完璧な論証じゃないか?コレ。そうとなればと、オレはガラス片の処分をしようとビニール袋の口を結び直そうとして、
「オドロキくん!」
呼び止められた。成歩堂さんだ。…しかし、いつもの彼とはどこか違う、ような。いつも無関心でだるそうな彼のそれとは何か違うなんだか意味深な顔だった。

「ダメだよ。それは、捨てちゃいけない。」

声までもがいつもの成歩堂さんではない。切羽詰まっているのが分かった。



つぎ→


back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -