ファイトオブ給湯室


給湯室は戦場だ。

王泥喜は完全装備で戦場の前に立っていた。
今日ばかりは彼はベンゴシではない。
腕捲りをしたスーツは着替えて、今は白い割烹着に身を包んでいる。
前髪は仕方ないので布の外だが、しっかりと白い三角布を巻いて。
片手には赤いパッケージの必殺武器を携えている。
王泥喜は自らの頬を叩いて気合いを入れ、
スリッパの右足を大きく踏み出して戦場に勝負を挑んだ。

事務所に入社(というのだろうか)したばかりのときから感じていたが、
この事務所は非常に生活臭に溢れている。
勿論、給湯室の方もその例外ではない。
ピアニストは毎日のように(事務所なのに)グレープジュースを飲むし、
魔術師も彼女の父ほどでは無いが良くお菓子を食べたりしている。
当然、給湯室にはそのゴミが捨てられる訳で、食べかすなんかも落ちるわけで
つまりそれは、彼の発生を促進させる訳で。

「先生の所じゃ一匹も出なかったのに…」

そう、彼だ。
Gから始まる…決して牙琉検事ではない方の
黒い弾丸。
王泥喜は、冷蔵庫と電気ポットの乗った棚の間を覗く。
途端に走り出して来る、地を這う兵器。彼は左手の必殺武器を炸裂させる。
しゅう、と音を立て、白い煙が兵器を沈黙させる。
ぴくりとも動かなくなった目標物に一瞥をくれて、王泥喜は必殺武器から立ち上る煙を息で流す。

「…オレに楯突くからですよ、」

身の程知らずめ、と小さく吐き出して辺りを見回す。
今こそ集中の時。王泥喜は必殺武器を構えて
家具の後ろや下の隙間を注意深く覗き込む。
鋭い視線、容赦なく押される必殺武器の引き金。
それは法廷の彼の威圧感に勝るとも劣らない。

そして、数十分後。
彼は全ての家具の隙間を確認し尽くした。
占めて、4匹。それが、彼が葬った死体の数。
王泥喜は大きく息を吐き出して、必殺武器をシンクの脇に置いた。
長丁場を戦い抜いた必殺武器は殺虫スプレー、の黒い極太フォントを光らせている。
王泥喜は的確に目標物を射抜いた引き金に
安全装置を引っ掛けて、それから三角巾を頭から引き抜いた。
息が彼の唇から漏れて、一緒に声も漏れた。

「疲れた…」
「お疲れ様、オドロキくん、」

ふと振り向くと、そこにはへらりと笑う、自称ピアニスト。
その危機感の無さに小さく呆れながら、王泥喜は笑みを零す。

「お帰りなさい、成歩堂さん」
「ん、ただいま。」

こんな会話すら、なんだか平和で、
さっきまでの緊張を解いた王泥喜は日常の幸せを実感する。
話をするだけで、頬が緩む、憧れの人。
大分理想とはかけ離れていたが、それでも
時折見せる真剣な空気が王泥喜は好きだった。

「…ところで、戸棚にあったクッキーは…」

…前言撤回、時折ではない極稀にだ。
溜め息と共に言葉を吐き出す。

「…掃除の為に机の上に置きましたよ。全く、事務所はお菓子を貪る所じゃ、」

ない、と言いかけて、王泥喜は息を止めた。
頬に押し付けられる厚い胸板、パーカーの生地、背中に回る大きい手。
この状態は、まさか、抱きしめられたというのか。

「…っ、な、なる…」

真っ赤になって身を捩って彼の顔を見上げると
そこには極稀にしか現れない、真剣な目。
思わず止まった息を飲み込む。
現役時代の彼の証人を追い詰める顔。
無精ひげさえ男らしく見えた、いつもはだらしない止まりだというのに。
憧れが、そこにいる。存在している。
胸がいっぱいになる、心拍数が、上がる。
抱きしめられた腕の温もりが王泥喜を溶かす。
幸せだ、そう感じた直後。

「くそ、誰だよご丁寧に安全装置なんてかけたヤツは…!」

彼が苦々しく吐き捨てた。
瞬間、ピン、という音が聞こえたかと思うと
しゅう、と白煙が舞った。
彼の右手にはさっきの必殺武器。
白煙の舞った真下の床にはひきつるGと言う名の黒い弾丸。

彼の顔から目が離せない王泥喜に、
ニット帽を直しながら成歩堂は息を吐いた。

「危ないよ、オドロキくん。」

さっきアイツが飛んできて、
オドロキくん本当に生命の危機だったんだから。
続けられた言葉は既に王泥喜には届いていなかった。
生返事が、はい、はい、と出てくるだけで、何も聞く様子はない。
王泥喜のキラキラした尊敬の眼差しを浴びながら、成歩堂は溜め息をついた。



(やっぱり成歩堂さんはかっこいい!)(…なんか勘違いしてないかい、オドロキくん…)



_____

どこが成王だコレ…!
キョウさんからリクエストで「成王」でしたー
黒オドロキくんを書こうと思ったらなんかとんでもないことになりました書いた側はとてもエンジョイしたんですが!←

何はともあれ、キョウさんに相互リンクお礼に捧げます!
キョウさんありがとうございました!

2010.05.23


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