好きなものは



最近、少し気になることがあった

「オドロキくん、何か好きな食べ物はありますか?」
ある日、ちょうど午後3時ぐらいだっただろうか。唐突にそう聞いてみた時があった。若いのに弁護士の資格を取って私の下に着いた、本当に頑張っている私の弟子。彼の真面目さはそこらの二流弁護士にも負けないだろうという程の彼に。深い意味は無かった。ただ、彼にそんな話を全くと聞いたことがなかったから、少し聞いておこうと思った、それだけだった。彼は私の質問に非常に驚いた様子で、目を丸くして何か言っている。心の動揺を代弁するように二本の角がぴょこぴょこと跳ね回る。その様子に私はやれやれと頭を振って、答えを促した。
「頑張っている弟子に何かご褒美を買ってきてあげたいだけですよ、」
だからそんな変な顔をしないで下さいね。そう言って先の質問に理由をつける。彼を今度こそ質問に答える体制にしたが。しかし、彼の様子はどこかおかしかった。
ずっと悩む表情は見せながらも、その口から食べ物らしい名前が出ないのだ。額に指を突いて考えている様子は見せているが、彼は。
「オドロキくん、ちゃんと考えていますか?」
「え、えっ、もちろんです!」
大真面目にそう叫ぶが動揺は隠せていない。指先は強張って震えているのが此方からはよく見える。噛み締めた唇が一瞬何か言おうとして噛み潰される、この動きが何度か繰り返されている。彼の角は顕著にしぼんだり跳ねたりを繰り返していて。何か彼には食べ物に纏わるトラウマのようなものがあるのだろうかと。私は彼の様子を見てそう位置付けた。
「オドロキくん?」
「あの、オレ、……特にないんですそういうの」
しかし返ってきた答えは予想外だった。好きな食べ物がないというのはどういった意味を持つのだろう。私の目の前にいる単純そうな弟子が、途端に遠くに行ってしまう気がした。彼に、分からないという感情を初めて抱いた。
「…ち、違うんです!先生を困らせたいとか、…そういうのじゃないんです!」
そんな不安を感じ取ったのか、彼は大慌てで言い繕う。多分その言葉に嘘がないのは此方からでも分かるのだが。では、なぜ。私はどの言葉で彼をこんな状態にしてしまったのだろう。座っている彼に目線を合わせて、覗き込む。が、視線が反らされる。
「…オドロキくん」
たしなめるように名前を呼ぶと、渋々視線をこっちに寄越してくれた。が、
「…やっぱり止めましょう」
自分に説くように口から言葉が溢れた。あまりに無意識で、自分で気味が悪くなる。
「あまり苛めるべきではありませんね」
そう言い繕って立ち上がった。彼の視線が私から外される。どういうことだろうか。彼と目を合わせた途端に、決まりが悪くなった。目を反らさなければいけない気がした。何もかもが見透かされる気が、した。眼鏡を上げて平常心を維持しようと息をつく。彼は一体なんなんだ、得体のしれない冷たさが体を這い上がっていく心地すらした。私は信じられない自分の反射に小さく動揺した。傍らで俯く小さな若い弟子に嫌な予感を覚えたのは、この時が初めてだった。



(遅効性の毒に気づいた日)


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霧人先生から王泥喜くんへ。
踏み込むようで踏み込めない、牙琉先生がウチの霧王。
そのくせきっと関係的には出来てるんだよね…ってゆう←

2010.05.19


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