だから好きって言ってるじゃない、ですか



今更声を張り上げてオレは事務所にそう告げた。反響した声が、事務所の上品な空間に溶けて吸われて消えていく。ぐすん、と鼻をすすり、もう一度吠える。何回やっても無駄なのだとはとっくの昔に気づいているけど、それでも困ったことにこれ以上の方法は考えられなかった。
初めての法廷で、訳のわからぬままに言葉を繋げていたら見えてしまったある、仮定。仮定が真実なんじゃないのか、と理性が叫んで、俺も叫んでしまったけれど。けれど、それはつまり。
「牙琉、せんせ…」
彼の有罪判決の後、事件に関するであろう証拠品が押収されていった事務所は、少し寂しくなった。法廷資料や記録がごっそり抜き取られた本棚なんかはその最たるもので。自分の行動に後悔はないと断言しているはずなのに、それが自分の今の心中のようだ、ともなんとなく思えた。ぽっかりと空いた空間が何か言いたそうに佇んでいる。今は大丈夫を連呼する元気もない。
一体、あの裁判が夢だったのだろうか、それとも今のこの寂しい事務所が夢なのだろうか、どっちにしても、今が現実とは思えなかった。あの人についていけば大丈夫。そう思っていたのに。
高級そうなティーカップ、テーブルクロス、まだそこにあるのに、事務所には決定的に何かが欠けている。それはこの上品な空間を纏め上げる一番重要なもので、でもどんなに叫んだって吠えたってそれは他の証拠品みたいに易々と帰っては来ない物で。今更、自分のしてしまった事の重大さを噛み締めた。苦くて渋い味だった。
そして、オレは思考の絡まりの中で変なことに気づいていく。この事件のことを考える度に毅然としていて、優しくて厳しい、そんな先生を思い出すのだ。勿論、その優しさが(少なくともある程度は)偽善だということや、あろうことか人を殺めたということも、あんな冷めた目をしていたということも頭に渦巻いているのに、だ。それでも、どうしてもここにいて欲しかった。帰って来て欲しかった。告発したことを恨まれるのも、あの目で睨まれるのも、逆に何もなかったかのように接されるのも、怖かったけれど。
『私のことは好きですか?オドロキくん』
ふと、少し前に牙琉先生に言われたことを思い出す。成歩堂さんの裁判を担当することに決まって少したった時だったろうか。あの時は確か驚きながらも何度も頷いたっけ。前髪がのたうちまわっていますよ、と微笑まれて、からかわないで下さい、と叫んだ覚えがある。ああ、あの頃になんで戻れないんだろ。事務所の主はいないのに、自分だけがいることが酷く場違いで、でも、だからどうしても言わなければいけない気がして。オレは感情の向くままに吠えた。
自分が言ってることは多分に現実の見えてない愚か者のすることだ。この期に及んでまだ未練があるなんて。まだ先生に先生でいて貰いたいなんて。途中からだんだん声に力が入らなくなってきた。自分だって気づいているはずで、でも認めるには色々辛すぎて。あっちに行ったりこっちに行ったり、何を考えているのか、思考がぐちゃぐちゃの泥水になって確実に消化不良でオレの心臓に溜まっていく。息をしてもしても溺れてるみたいだった。遂に最後には涙声になってきた。それでもその言葉だけは変わらず口をついて出てくる。ごちゃごちゃの思考の中で、何故かシンプルにそれはあったのだ。助けを求めるみたいに、何回も呼んだ。


(だから先生、どうか戻ってきてというのは、いけませんか)


_______
4ー1の直後のオドロキくんと事務所のおはなし。限りなく霧←王風味です。最初の裁判が終わった後のオドロキくんは多かれ少なかれ呆然として悩んでる時間があるんじゃないかなあと。
えー…実はこれが霧王初書きでした(スイマセンそんなの出して…!)←
最初はなんかマイナーキャラで書いて出そうというそれだけだったのになんでこんなにはまっちゃったんだろ、今更ながら、霧王大好きです。

2010.07.06


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