私は忙しかった。 何故なら今日は大久保さんのお誕生日だからだ。 以前作ったシフォンケーキに手を加えて、バースデーケーキを作ろうと 朝から奮闘していた。 表使のおさとさんにお願いして、桃と水飴を買ってきてもらった。 (本当は自分で買いにいければ良いのだけれど、大久保さんが外出許可をくれない) オヤツの時間に間に合うように、昼食もそこそこにお勝手場に籠る。 シフォンケーキをあらかじめ作り冷ましておく。 桃の実と水飴を使って桃のコンポートを作り、シフォンケーキに添えた。 「・・・間にあった・・」 そう安堵していたのに、こんな日に限って大久保さんはご多忙で・・・。 ならば夕餉のデザートに出そうと思ったら。 「今夜は接宴があり帰りは遅くなる、先に休め」 との言伝。 なんだか全てが空回りした気分・・・・・・。 大久保さんが悪いわけじゃない。 私が勝手にやって勝手に盛り上がっていただけ。 でも、行きどころのない理不尽な怒りがフツフツと沸く。 作ったシフォンケーキは仲良しのお糸ちゃんや手伝ってくれたおさとさんを はじめとした女中さんたちと食べてしまうことにした。 ☆☆☆☆ 接宴から戻ったのは夜更けすぎ。 当然ながら藩邸の中奥は静まり返っていた。 もしかしたら、はねっかえりの小娘が起きているやも・・・? と思ってみたが、小娘の部屋は明かりが消えていた。 安心したような残念なような、複雑な思いを抱えながら部屋へ入る。 行燈に明かりを灯すと、文机に何かが置かれているのが見えた。 『大久保さん、おかえりなさい。 お誕生日おめでとうございます』 小娘の拙い字で書かれた紙の下には、以前見かけた シフォンケーキと何かが添えられていた。 「・・・これは桃・・・か?」 きっと小娘が作ったものであろう。 妙に甘ったるく水飴のような桃は、今の疲れた体を優しく癒す。 誕生日を祝われる歳ではないが、 明日はこの桃とシフォンケーキの礼はせねばなるまい。 ここのところ忙しく、構ってやれなかったことも踏まえて、 かねてより見つけていた茶屋にでも、散歩がてら連れて行ってやろう。 小娘の嬉しそうな笑顔を思いながら、私は床についた。 <end> ☆目次☆ ☆comment?☆ |