「女将さーん御銚子の追加〜!」 「・・・八重さん・・・まだ飲むの?」 「・・・・・」 「勝負は私の勝ちね♪」 目の前の二人の男は予想外の展開に、ついていけない顔をしていた。 **** ことの発端は、今日は長州藩邸にて会合があるというので、 一緒に付いてきたこと。 武市さんの挙動不審な態度が引っかかってはいた。 寺田屋を出るときに。 「これから行くのは、高杉さんの居る長州藩邸だ、何かと、 絡まれるだろうが、あの人は、君の荷物に興味があるのだろう?」 そういって、私に荷物を持って出るように言った。 今までの武市さんからは考えられない言葉。 否応なく私の頭に警鐘が鳴り響く。 「これから、大変ですね」 とりあえず無難に話をふる。 「・・・・ああ、だから、君ともこれ限りだ」 「え?」 「これから、僕たちの大きな仕事が、本格的に動き出す。 これまでのように、貴女と遊んでいる暇はなくなる」 きた! 私の中の警鐘がそう告げる。 「・・・・」 「帰れるのなら、帰れ。神社は見つかったんだ、居る理由もないだろう」 私を正面に見ながら言う。 とりあえず言葉の続きを待つ。 「それが叶わぬならば、薩摩藩邸に行け。不自由は、ないはずだ」 「武市さん、何で急にそんなこと言うんですか?」 「邪魔だから消えろと言っただけだ」 今まで見た中で、一番冷たい目をして武市さんが言う。 すみれ色の瞳が冷たい光を宿して、言葉と共に私に刺さる。 「・・・武市さん」 「手間をかけさせるなっ」 力強く腕を引く。 私は思い切り腕を振り払う。 「そんなことされなくても、大丈夫です」 「そうか、ならば・・・」 「武市さんのお邪魔にならないところへ行きます」 武市さんに一礼して、元来た道へ向かう。 警鐘の正体はこれだ。 私を巻き込まないように、ワザと冷たい態度を取って突き放す。 それで元の世界へ戻るなり、大久保さんに泣きつけばいいと思っている。 「全く・・・」 しかし周りの状況が見えないほど、何に彼は追い込まれているのだろう? 私を巻き込みたくない、なんて今頃思っているなら間違いだ。 もう、とうに深くかかわってしまっているのだから。 いつもの冷静な武市さんならわかるはず。 門番に言付けを頼んで、藩邸を出る。 「さて、と・・・」 さっき龍馬さんが言ってたけど、私たちは何者かにつけられていた。 「娘さん、落し物ですよ」 陳腐な台詞。 振り返ると浅葱色の羽織。 予想通りの展開にやや苦笑い。 「人気者は大変ね」 **** 多分、暴れれば逃げれるだろうけど面倒なので、素直に捕まる。 そして連れてこられた場所には、驚いた表情の沖田総司と 仏頂面の土方歳三。 「・・・君は、八重さん・・・」 「この間の女じゃねえか」 「沖田さん、この間はどうも」 余りにも平然と答えて、沖田は戸惑い、土方は神妙な表情。 そうでしょうとも、お二人を前にして平然としてるなんてあり得ないもの。 「坂本の逗留先、知ってるんだろ。言え」 用件のみをズバっと切り出す土方。 嫌いじゃないな、こう言う人。 「とぼけても無駄だ。お前が坂本と居たのは分かっている」 ふぅん・・・一緒に居る所、見られたんだ・・・。 いつだろ? 「教えてもいいわよ、但し条件があるの」 「条件だぁ?」 あからさまに嫌そうな顔。 「当然でしょ?情報は只では手に入らない」 「ちっ!食えねえ女だ」 「・・・八重さん」 土方は面倒臭そうに、沖田は呆れた声で言った。 「簡単なことよ、私と飲み比べしましょ♪」 **** そして今に至る。 テーブルに並んだお銚子は20本。 でも、この時代のお酒って度数が低いせいか、思いのほか酔わない。 店内の客がざわめき、私たちの周りに観客がいっぱいだ。 武市さんに追い出されて、はや半刻(1時間)。 店に入ってはまだ四半刻(30分)ぐらいだろう。 お銚子なんて1合弱(150cc)だから、二人で飲んだら、 1升瓶に足りないくらいの量だ。 土方が酒に弱いというのは本で読んだことあるけど、ここまでとは・・・。 沖田はザルらしいが、今回は審判役なので飲まない条件。 「さて、どうします?」 もう勝負は見えてるけど。 とりあえずの判断を迫った時、ガシっと腕を掴まれ立たされた。 不意打ちに体が揺れる。 「貴女は・・・・何をしてるんですか?!」 息を切らせて髪も着物も乱して、そこに立っていたのは武市さん。 「なに・・って、酒飲んでますが?」 「女の人のすることですか?!」 怒っている理由は見当つくが、ちょっと面白くない。 「好きにしろと言ったのは武市さん、あなたですよ?」 「ぐ・・・・」 「好きにさせて貰ってましたが、なにか?」 「・・・とにかく帰りますよ!」 そういうと、お代をテーブルに叩きつける。 「沖田さん、そちらも大変そうなので先に失礼します」 「いえいえ、楽しかったですよ、うちの副長にも責任ありますから」 私たちが店を出ようとすると、沖田が引きとめた。 「今回は・・・特別に見逃して上げます。でも、次回はありませんよ?」 最後通告。 武市さんは無言で店を出ると、そのまま長州藩邸に向かうかと思いきや 来たのは例の神社。 ふと立ち止まり、向き直る。 「すまない・・・っ!!」 「・・・・・!」 「僕の浅はかな行動のせいで・・・っ君を・・・! 八重さんを、安全な場所に、移してやりたかった・・・!なのに・・・っ」 突然、抱きしめられる。 武市さんが状況説明するのは予想してたけど、これは想定外。 「・・・武市さん」 「もし君の身に、何かあったらと考えただけで、僕は・・・僕は・・・っ!!」 「まあ、無事だったこどだし、いいですよね? それよりも早く皆さんのところへもどりましょう」 武市さんに抱きしめられてるのは、とっても心地よくて名残惜しいのだけど、 のんびりしてる場合じゃない。 「・・ああ、龍馬たちも心配している」 「早く戻って安心させてあげないと」 「寺田屋に戻ろう」 さりげなく手を繋ぐ武市さん。 そういえば以前、お祭りに行った時も繋いでくれた。 出会った頃には絶対なかったこの行動。 変化していく武市さんを見るのは、なんだかとても楽しくて嬉しい。 「どうかしましたか?」 「いいえ、なんでも♪」 すっかり暗くなった道を歩きながら、私はとても幸せだった。 <end> ☆目次☆ ☆comment?☆ |