『パシン!』 乾いた音が寺田屋に響く。 『パンッ!!』 間髪空けず、さらに乾いた勢いのいい音と、。 「何するのよ!」 同時に怒号のような、威勢のいい女の声が寺田屋に響く。 冷静に分析している場合ではない。 ただ、予想外の出来事に頭がついていかない。 そう、まさか反撃を食らうなんて考えもしなかった。 「・・・あっ・・おま!武市先生になんてことを!!」 偶然居合わせた以蔵が、泡を食ったように八重さんにいう。 そう、初めは確かに僕が彼女を殴った。 2発目は彼女からの反撃だった。 「何よ以蔵、訳も分からず横入りはなしよ」 そういうと、僕に向き直り言葉を続ける。 「突然殴った訳を聞きたいわね、ことによってはもう1発2発殴られることは覚悟なさいよ?」 そう、彼女は冷静に・・・・きっと今の僕よりも冷静に話す。 「・・・・愚かなことを」 「こいつが何を?」 「土佐勤王党の残党に、棒きれ一本で向かっていった」 以蔵は、!なっ!?驚愕の表情で八重さんを見る。 「あの男は元々僕達の仲間。少し乱暴だが話し合いに来ただけだ、最初から僕を斬る気などなかった」 いや、これは方便だ。 返答如何では戦いも余儀なしの雰囲気があったことは否めない。 だからといって・・・! 「命を奪う剣を構えるということは、己の命を賭けるということだ、それが例え、竹刀や棒きれであってもな」 彼女は剣を構えた。 その重要性をわかっていない! 「お前に救われるほど落ちぶれてない!!思い上がるな!」 感情がうまく抑えきれず、思わず叱咤してしまう。 その言葉を真正面に受け止めて、さらに彼女は冷静に言葉を放つ。 「貴方こそ思い上がらないで」 その言葉に僕だけでなく、脇に控える以蔵も硬直している。 「私があの男の見え隠れした殺気に気が付かないとでも?」 「!!」 「それに、いつまで女が男に守られるだけの存在だと思っているの?」 冗談でも洒落でもない真面目な言葉。 「力で女が男にかな・・・・」 「馬鹿じゃないの?力ですべてが押し通せるとでも?」 僕の言葉にかぶせるように彼女が言う。 男に勝る力を持っているというのか? 「力だけですべてを押し通すつもりなら、今の侍の世のままでいいんじゃない?」 「な・・・?!」 「龍馬さんは『みんなが平等で平和な世界』って言ってた、それは『男女も平等』じゃないのかしら?」 反応を伺うように言葉を切ってこちらを見る。 「それとも女は常に男より下だと思っているの?」 そういうと、どこかさみしげな表情をする。 「いや、下とか上は・・・」 僕は言い淀む。 彼女の言葉を完全に否定しきれない自分がいる。 「女が守られて満足してるとは限らない」 飲み込んだ言葉を見透かしたかのような、彼女の言葉に息をのむ。 「すべてが・・・とは言わない、でも中には男と共に戦いたい女もいるの」 一呼吸置く。 「大切な人を守りたい、そう思うのは男も女も同じ」 その人が大切であればある程・・・。 そういうと、いったん言葉を切る。 彼女は私を真正面に見据えて、再び口を開く。 「私は共に戦いたい女なの、武市さんと共に。守られて満足しない! 貴方に危険が近づけば躊躇いなく刀を抜く!」 強い意志を宿した瞳に射抜かれる。 どうやら僕は彼女を甘く見すぎていたようだ。 「・・・まったくじゃじゃ馬のほうがよっぽど扱いやすい・・・」 「理解してもらえてなにより。部屋に戻りますね」 嫌味の言葉も受け流す彼女。 こんなにも彼女に押されている情けない自分。 以蔵は時が止まったかのように立ち尽くしている。 「武市さん、夕餉までに汗でも流されたらいかがです?」 先ほどの諍いがなかったかのような言葉に、僕は内心ため息をつく。 「ああ、そうしよう」 以蔵に部屋へ戻るように指示をする。 『大切な人を守りたい、そう思うのは男も女も同じ』 『私は共に戦いたい女なの、武市さんと共に』 彼女の言葉に自分の心が浮足立つのがわかる。 深い意味を意識して言ったつもりはないだろうが・・・。 「武市さん?」 少し前を行く彼女が、立ち止まり小首を傾げて、 動かない僕を振り返り声をかける。 その姿に愛おしさを覚えてしまう。 それほど彼女に深く惹かれていたなんて・・・ これから彼女の言動に、どれだけ振り回されるのだろう? 彼女が僕の言動に振り回さる気配はないというのに・・・。 そう考えるだけで僕と彼女の不平等さを痛感する。 「なんでもありません、今行きます」 そんなことを考えながら、再び歩み始めた。 <end> ☆目次☆ ☆comment?☆ |