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Promesse


大学2回生の春、予定を早めて本格的にフランス留学した。
それは大学に入った時から・・・いや、ピアノと向き合うと決めたときから
決まっていたことだった。
だから、留学自体に躊躇いは一切ない。
問題があるとすれば・・・・。

「・・・」
「・・・いつまでスネているつもりだ?」

夏休みを利用して日本へ一時帰国したわけだが・・・。
同じ一流音大1回生の八重は、朝から機嫌が悪い。

「どうせお前もすぐ来るんだろう?」
「・・・・・」

この問答がずっとだ、家に来てからずっと!これしか会話がない。
来週にはフランスに戻る俺としては、もっと違う話をしたい。
二人でいられる時間なんて限られている。
それをこんな、こんなくだらないことで時間を潰したくない。

ソファから立ちあがり、ピアノに向かう。
いい加減、俺もイライラが募る。
自慢じゃないが、気は長いほうじゃない。
こんな気持ちで演奏したって、きっとトゲトゲした演奏になるだろう。
それでも、手持無沙汰な今は弾かないよりマシだ。

「ピアノになりたい・・・・」

鍵盤に触れる直前、独り言のように八重が言う。
その目は俺ではなく、ピアノを見ていた。

「なにを・・・」
「聖司さんにはピアノが必要なんです」
「当たり前だろう?俺はピアニストだからな」
「聖司さんにはピアノしか必要ないんです」
「な・・・?!」

二の句が告げない、というのはこう言う状況をいうのか?
何をどうしたら、そんな考えが出るんだ?

「ピアノだったら・・・ずっと聖司さんの傍にいられるのかな?」

ピアノに話しかけるように言う。
返事を必要としていない、抑揚のない言葉は、思いのほか
俺の心に突き刺さる。

「どういう意味だ?」

先程からのイライラもあって、険のある声音になった。

「そのまんまの意味です」

ようやく人の目を見たかと思えば、表情のない顔をしていた。
相変わらず抑揚のない声で。

おそらくムッとした表情をしているであろう、俺と対照的なアイツ。
まるで気持ちまですれ違っているような、そんな錯覚を覚える。

「帰ります」

目を伏せてソファから立ち上がる。
サイドに置いてあった荷物を手にして、こちらを振り返る。

「・・・さようなら」

静かに扉を閉じて、八重は出ていった。


       ****


聖司さんが留学する話は、高校生の時から聞いていた。
だから、今さら驚いてもいないしショックなわけでもない。
一所懸命、私なりに努力して一流音大に入ることもできた。

『どうせお前もすぐ来るんだろう?』

なんで聖司さんは、当たり前のように言うんだろう?

私なんて留学に値する実力があると思えない。

5月の連休に下見を兼ねて、聖司さんが通うフランスの大学へ行った。
わかってはいたけど、レベルの違いが見せつけられた。
聖司さんも、1日の大半をコンクールに向けた練習に当て、
ほぼ24時間ピアノと向き合っているのだろう、そんな感じだった。

そして、私と同い年に見えないくらい、知識も実力もある
素敵な女の人もたくさんいた・・・。

そんなところへ私が行って、やっていけるの?

「ホント、ピアノだったらずっと聖司さんの傍にいられるし、レベルの違いとかイロイロ気にしないで済むのになあ・・・」

      ****

フランスへ戻る日を明日に控えて、俺は行き場のない怒りに
苛まされていた。

あんな表情のない八重を見たのは、初めてだった。
あの日、八重を追うことが出来ず、気まずいまま時間だけが経って行った。
こんな気持ちのまま、フランスに戻ってピアノに集中できるはずがない。

「・・・・」

手元の携帯を見る。
あの日以来、八重から連絡が一切ない。
何を思って、何を考えて、あんなことを言ったのか。
俺には全く見当がつかないが、何かを思い悩んでいることは、
今の俺にはわかる。
あの時、気付いてやれなかったことが悔やまれる。

深呼吸して、アイツの番号を押す。
こんな緊張して番号を押すなんて、いつ以来だ?
高校時代か?
余裕なんてないくせに、そんな本音を見せられなくて、
余裕の振りをしていた。

コールが鳴る。
いつもなら3コール以内に出るが、出ない・・・。
そして、いつの間にか留守電につながった。

「・・・なんだよ、電話にも出ないつもりなのか?」

リトライ・・・・・結果は同じ。

「ったく!」

乱暴に上着を掴み、携帯をポケットに入れアイツの家へ向かった。

   ****

あれから聖司さんと会っていなければ、電話もメールもない。
子供っぽいひがみ方をした私に、呆れているのかもしれない。
だからと言って、私から連絡も出来ずにいた。
明日にはフランスへ戻ってしまうのに・・・・。

「あれ、ここは・・・」

家に居ても思考が迷路に入ったように、ウダウダで
気が滅入ったから、散歩に出たんだけど・・・。
無意識のうちに、私たちの始まりの場所・・・
はば学の教会に来ていた。

ほんの半年前・・・ここに聖司さんが迎えに来てくれた。
夢のようで、涙が止まらなかったことを覚えている。
たった半年前なのに、随分昔のように思えるから不思議だ。

何気なく扉を押すと、ギィと重い音を立てて扉が開いた。
思わず中に足を進める。
夕暮れの光を受けたステンドグラスに照らされて、
教会内は意外と明るかった。

「やっぱり見送りぐらいは・・・あ!」

そういえば、出立のスケジュール聞いてない。
そんな大事なことを、今になって思い出す。
今さらだけど・・・。
ベンチに腰掛けて、ポケットを探る。

「あぁぁ・・・私の馬鹿ぁ・・・」

ボーっと散歩に出たから、携帯も持ってきてなかったみたい。
自己嫌悪。
でも後の祭り。

落ち込んでてもしかないから、帰ろうとベンチから立ち上がると、
誰かが教会へ入ってきた。

「・・・・?」
「やっぱり、ここにいたな?」

そこには聖司さんが立っていた。

「え?な、なんでここが・・・」
「俺たちの・・・始まりの場所、だろ?」

少し照れくさそうに言う。

「なんだよ、違うのか?」

私が無言で見ているのを、訝しがる。
聖司さんが私と同じことを、思っていてくれたことが、
にわかに信じられなくて、凝視していた。

「聖司さんが、そんな風に思ってるなんて」
「なんだよ、俺が忘れてたとでも思ってるのか?」

少しムッとしたように言う。

「それよりも、携帯置いて出掛けるな。連絡が出来ないだろう」
「あ、ごめんなさい。うっかり忘れてて・・・」
「相変わらず、抜けてるなお前は」

コツン・・・コツンと音を立てて、聖司さんが近づく。
私の動悸が激しくなる。

「八重、考えていることを話してくれ。俺は・・・察しが良くないから、言われないと気がつかないんだ」

いつになく、弱気な声に思わず顔を上げる。

「考え・・・煮詰まっているんだろう?」

少し気まずそうな表情で言う。

「・・・私、自信ないんです」
「ピアノか?」
「・・・えっと、それもそうですけど、なんか・・・聖司さんの傍に居ていいのか・・・」
「意味がわからないな」
「フランスには実力もあって、素敵な女の人がいて・・・私なんか・・・」
「ちょっと待て!」

突然、強い口調で話を止められる。

「私なんか・・・とは聞き捨てならない」
「・・・え?」
「お前を選んだのは俺だ、それを”なんか”呼ばわりは、たとえお前でも釈然としないな!」

心外だ、と言わんばかりの怒りよう。
なんで、怒っているのか・・・私は理解できてない。

「で、でも私なんかより・・・」
「まだ言うか、なら、その口を塞いでくれる」

そう言い終わるが早いか、いつものような優しいキスではなく、
噛みつくような、激しいキスをされた。
角度を変えて何度も、まるで私の呼吸を全て奪うかのような
キスに私の頭は次第に真っ白になった。

呼吸が苦しくなり聖司さんの胸を両手で握ると、ようやく唇が離れた。
呼吸を整える。
聖司さんは顔を赤くしながら、怒るように言葉を発する。

「お前な・・・離れて不安感じてるのはお前だけだと思ってるのか?!携帯で聞こえてくる、呑気なお前の声に安心してるのは俺なんだからな!」
「・・・え?」

突然の告白に、反応が戸惑う。

「・・・はぁ、こんなこと言うつもりなかったのに」

深い溜息とともに後悔の言葉??

「日本には紺野を始めルカやコウイチがいるし・・・気が気じゃないのは俺なんだ」
「え?紺野先輩やルカが?」
「お前は天然でボケてるからな、一人にしておくと危なくて仕方ない、だから早く
フランスへ来いと言っているんだ」

「て・・天然でボケてるって・・」

なんだかヒドイ言われよう・・・。
思わずぷぅと膨れると、聖司さんは両頬を手で包み込んで、
おでことおでこをコツンとくっつけた。

「だから、一刻も早く俺の傍にこい」

私の中で鉛のように凝り固まっていた、”何か”が聖司さんの言葉で
ゆっくりと溶かされていった。
「はい」

優しい声と言葉に、答えがスルリと出た。

翌日、聖司さんはフランスへ戻っていった。
そして、私がフランスへ渡ったのは、それから半年後のことだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・言い訳・・・・・・・・・・・・・・・・
離れた距離の不安は、どちらも同じ。
聖司さんだって、弱音を吐くことがあります・・ということで。


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