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パンドラ 10



「久々の京じゃのぉ〜!」

満面の笑みで龍馬さんが言う。

「やっと帰ってこれたッスね!」

慎ちゃんも心から嬉しそうだ。

「龍馬も慎太もはしゃぐな!」

睨みつけるようにして、以蔵が言う。

「落ち着け以蔵。とりあえずは宿へ向かうのが先決だ」

いつも通りの冷静を振舞っているけど、本当は武市さんだって嬉しい。
この人はいつもそう。
自分の感情を後回しにして、周りを見ている。

ここ1年半の間に。
幕府は大政奉還して、龍馬さんの亀山社中改め海援隊と
慎ちゃんの陸援隊。
帰京までの間は忙しく、まさに時間が飛ぶように過ぎていった。
私が生きていた世界で請け負ってた仕事も、時間と勝負だったけど、
この世界はもっと厳しい。

着々と作り上げられていく軍隊を間近で見るのは、
正直、苦しい気持ちにさせる。
時代の変わり目には、必ず戦がある。
知識として知っていても、それを体験するのは想像以上に厳しい。

でも、きっとそれは、『平和な時代』を知っている私だけかもしれない。
龍馬さんや慎ちゃんたちはその『平和』を目指しているのだから。

「八重さん、どうかしましたか?」

隣を歩く武市さんが声を掛けた。
いけない、いけない、思わず思考に入ってた。

「あ・・・久しぶりの京で嬉しいな、と」
「そうですか?その割には浮かない顔ですが・・・」

鋭い!
さすが武市さん。

「そんなことありませんよ?」
「それなら良いですが・・・」

怪訝そうに武市さんが引く。
とっさの作り笑いもきっと見透かされてるだろう。

「そういえば姉さん、服装それでいいんスか?」

武市さんの前を歩いていた慎ちゃんが、振り向いて言う。

「ええ、もともとの服だからね」

それ、と言われた服装。
和装から洋装に変わった龍馬さんたちに合わせて、私も服装を戻した。
この時代に来た時の、黒いパンツスーツに。

「八重さんの世界では、女子も男みたいな服装をするのですか?」

武市さんが聞く。

「そんなことありませんよ?女性はスカートという、腰から下の
筒状に縫われたものも良く履きますよ、丈は膝上から踝までいろいろで・・」


私はあまり履きませんが・・・・と言う前に武市さんが、「なに?!」と言葉を遮る。
突然の大声に、思わずみんな立ち止まる。

「どうしたじゃが?武市」
「あ・・・いや、何でもない」
「ほうか〜?」

再び宿に向けて歩き出す。

「それでは、脚が出てるではありませんか!」

声を抑えながらも怒っている・・・・ように聞こえる。

「そうですよ?まあ、この時代ではハシタナイかもしれませんが・・・」
「・・・八重さんも履いたりするのですか?」

少し顔を赤らめながら言う。
「時々ですが、私はこういったズボンのほうが好きですけどね」
「僕もそのほうがいいと思いますよ」

この話題はここで切り上げた。
しまったなあ・・・この時代では足出すのはご法度みたいだったんだよな。
などと反省してみたり。

「そうだ、今夜は龍馬さんのお好きな鶏鍋にしませんか?」

話題を切り替える。

「お!いいのう〜鶏鍋!」

いち早く龍馬さんが飛びついた。

「私、宿に戻る前に鶏を買いに行ってきます」
「では、私が一緒に行きましょう」
「武市さんはお疲れですから、先に宿へ行っててください」
「しかし一人では・・・・」
「大丈夫、以蔵を連れていきます」
「な・・なんで俺が・・?!」
「わかりました、以蔵、八重さんに付いていけ」
「・・・わかりました」

武市さんの命には絶対服従な以蔵は、不服そうにこちらを見る。

「一緒に買出し行きましょ」
「・・・お前と行くとな・・・」

面倒くさそうに返事をする。
そう、薩摩に居た時も割と買出しは私と以蔵だった。
その理由のひとつは男連中に、食材を見る目がなかったこと。
以蔵が一緒だったのは荷持ち兼護衛だった。

まあ、実際には護衛なんていらなかったんだけど。

しばらく行ってから、龍馬さんたちと別れて町中市場へ向かう。
この時代は運送を生産方法もあまり発達してないから、
旬の食材しか出回らない、おかげで冬は食事が大変だということが身にしみた。
でも、旬の食材は私が暮らしていた時代よりも豊かで美味しい。
野菜ひとつとっても、未来の野菜と味が余りに違いすぎて驚いた。

「鍋に入れる野菜は・・・・」
「人参以外にしてくれ」
「また、好き嫌い言う」
「食えないものは食えない!」

そう言い合っていると、近くで怒鳴る男の声が聞こえた。
振り返ると品の良さげな女性が、二人組の男に文句を言われていた。

「ぶつかっておいて、謝りもしないのか?!」
「ぶつかったのはそちらです、私ではありません」
「なんだと?この女!優しく言えば図に乗りやがって!」

男が片手を高く上げる。
考える間もなく体が動き、男の手を止めていた・・・・・私。

「男が女をひっぱたくの?みっともない」
「なんだと?!貴様には関係なかろうが!」
「男ならもっと度量の大きさを示したら?ぶつかったぐらいで大騒ぎするなよ」
「な、なんだ貴様は?!」

「お前に付き合うとこれだからな・・・・」

後ろから以蔵。

「なんか言った?」

溜息を一つついて、男に声を掛ける。

「おい、この人だかりで、まだ騒ぐか?」

いつの間にやら人の輪が出来上がってた。
野次馬はどの時代にも存在するものなのねえ・・・。

「くっ、次から気をつけろ!」

どこぞの下っ端みたいな台詞をはいて、二人組が逃げていく。
まるでコントだわ、これじゃ。

「大丈夫ですか?」

女性に声を掛ける。

「ありがとうございます、あんな輩に絡まれたの初めてですわ」

まあ、この人も言い方に問題あったよな。
高飛車な物言い、自分が悪いとは思ってないんだろうな。
事の発端を見てないから何とも言えないけど。

話し方と言い服装といい町人というよりは、どこかの
奥方様みたいだ。

「おひとりですか?」
「いえ、連れがいるのですが、はぐれてしまって・・・あ、あなた!」

連れを見つけたのか、すぐ近くの店先に佇む男性の背中へ声を掛ける。
声が聞こえたのか、仕立ての良さそうな服装の男性が声のほうへ振り向く。
そして、こちらへ向かってきた。

「・・・・何かあったのか?」
「変な男たちに絡まれたところを、この方たちに助けて頂いたんです」

姿は変わっていても、変わらないその声に、私の息が止まる。
そして、その男性も私を見て息を飲んだのがわかった。

「八重!?」
「・・・大久保さん」

想いを忘れることが出来なかった人との再会は・・・
衝撃的な再会だった。


<end>

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