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パンドラ 8



薩摩へ来て早いもので半年が過ぎようとしていた。
来たばかりの時は、桜の花が咲き誇っていたのに、
今はもう桜の葉が色づく季節になっていた。

船宿から伏見の薩摩藩邸に移って、伏見で1カ月療養。
そして体力の回復をみて、大阪から船でここ薩摩へやってきた。

ここでは大久保さんと西郷さんに斡旋してもらった、薩摩領内の
空き屋敷に住まわせてもらって、療養を続けている。

私はここで、龍馬さんたちの治療の手伝いや女中さんの
手伝いをしていた。
中庭掃除のゴミを片づけるため裏庭に回ると、外の様子を伺いこっそりと
脱走・・・出掛けようとしている龍馬さんを見つけた。

「龍馬さん、どちらへ?」
「あ、あ、ちょ、ちょっと散歩に行こうかと八重さんも一緒にどうじゃ?」
「まだ、お医者様から外出の許可は出てませんよ?」

そういうと、目に見えて落ち込む龍馬さん。

「中岡も武市も出払って、ワシだけ置いてけぼりはひどいぜよ・・・・」

朝餉の後、怪我が完治した慎ちゃんと武市さんは買い出しに出掛けた。
以蔵は万が一に備えて、表座敷にて留守番。

奥座敷では龍馬さん一人が療養の為、寝かされていた。
軽く歩きまわることは出来る程度に回復はしてるけど、
でも、外出許可なんて出したら、絶対に無理するにきまってる。

「龍馬さん、無理して傷が開いたらどうするんですか?」

「うっ・・・・」

出歩きたい気持ちはわからなくもない。
それだけ、体が回復してきている証拠だ。
だから、もうしばらくは辛抱してほしいけど、
一人は飽きるよね・・・?

「無理しないって約束できます?」
「ぬぉ?」

「約束出来るなら、近くの海辺までお散歩に付き合います」
「おお!約束する!」

ぱっと笑顔になる龍馬さん、なんだか子供みたいで可愛い。

ちゃっちゃと片づけを済ませ、龍馬さんと散歩に出掛けた。

    ******

たわいない話をしながら、行きついた海。

「今日は天気もいいので、海もキレイに見えますね」
「そうじゃのぅ、波も穏やかじゃ」

そして沈黙。
二人横並びで海を眺めているけど、龍馬さんはきっと私に聞きたいことが
あって連れ出したのだろう。
何度か口を開いては、閉じる、という動作を繰り返している。

「龍馬さん、私に何を聞きたいんですか?」
「さすがは鋭いのぅ!」

さして驚いた様子でもなく、にししっと笑顔で言う。

「八重さんは何故、薩摩までついてきたんじゃ?」
「と言いますと?」

「おんしはもともと薩摩藩邸におって、大久保さんの小姓じゃったな?」
「はい」
「寺田屋襲撃事件では確かに、わし等と関係したが、
何もここ、薩摩に来る必定性はなかったじゃろう?」


「でも、みなさん大怪我をなさっていて、
誰かお世話する人は必要だったと思いますよ?」

「それは・・ほうじゃが」

龍馬さんの意見は至極当然。
大久保付き小姓が、土佐のみんなと薩摩へ来るというのはおかしい。

===薩摩へ出発3日前===

「今一度、確認するが、お前も薩摩へ渡るのか?」

移動準備をしている中、大久保さんに質問された。

「そのつもりですが?」
「・・・お前は私の小姓ではなかったか?」
「そうでしたね」
「それでも行くと?」
「ええ」

私は、少し考えてたから口を開いた。

「私がこの時代へやってきて、路頭に迷っているところを
最初に、助けてくれたのは龍馬さんたちです」


ほんの半年ばかり前の出来事が、随分昔のことに思える。
それほど周りの状況は、めまぐるしく変化していった。

「だから、今度は傷ついた龍馬さんたちの
お役に立ちたい・・と考えています」


「それに、誰かついていないと、また龍馬さんは無茶しますよ?」

「・・・・そうか」

それきり、大久保さんは薩摩行きについて言ってくることはなかった。

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龍馬さんたちの・・・なんで詭弁だ。
勿論、本当に少しでも助けになれば、と思っている。

でも、私は大久保さんから離れたかったのが本音。
今回の出来事を、渡りに船とばかりに利用したに過ぎない。

初恋じゃあるまいし、自分の気持ちをこんなに持て余すなんて、
考えもしなかった。
望みのない恋心を、こんな未練たらしく引きずるなんて・・・。
何とも情けないことだ。

「おんしは、大久保さんを好いちょると思っちょった」
「え?」

突然、予想しない言葉で我に返る。

「そして、また大久保さんも・・・・」

海を眺めながら独り言のように呟く。

「それは見当違いですよ、龍馬さん」
「ほうかのう?」
「ええ、大久保さんは私など、何とも思っていません」

事実を再確認するように言う。
まだ、心がズキリと痛む。

「わしにはそうは見えんかったがな・・・」
「そんな事ばっかり言うと、今日の消毒はひどいですからね」

「や、やめちょくれ!あの薬はまっこと傷にしみるき」
「嘘ですよ、もう傷はよくなってきてるからあのお薬は必要ないって、
お医者さんも言ってましたから」


そう言って、龍馬さんに背中を向けて屋敷へ向かう。

今は顔を見られたくない。
大久保さんのことを思い出して、
きっと情けない顔をしている。

屋敷に着くまでには、いつもの私に戻るから。

その時、不意に後ろからふわり、
と龍馬さんに抱きしめられる。

「龍馬さん?どうしたんですか?」

私を腕の中に閉じ込めるように力を込める。
耳元に口を寄せて、囁くように龍馬さんが言う。

「八重さんの悲しむ顔は見たくないからのう、
少しでも笑顔になってくれるなら、ワシは何だってできるさ」


気付かれた?
さほど、おかしな行動をしたつもりはなかったけど。

すると、少し苦笑いしてから。

「八重さんは強い女子じゃき、なかなか弱いとこを見せてくれんが、
たまには甘えてみてはどうじゃ?」


ふと与えられた、龍馬さんの温もりに
迂闊にも涙が出てしまった。

「・・・・ありがとうございます、龍馬さん」

その温もりはずっと忘れていた、家族の温もりを思い出し
私はしばらく泣いていた。

そして、この状況を大久保さんに目撃されて、
私と大久保さんがすれ違って行くことなど
この時の私たちは知る由もなかった。


<end>

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