薩摩へ来て早いもので半年が過ぎようとしていた。 来たばかりの時は、桜の花が咲き誇っていたのに、 今はもう桜の葉が色づく季節になっていた。 船宿から伏見の薩摩藩邸に移って、伏見で1カ月療養。 そして体力の回復をみて、大阪から船でここ薩摩へやってきた。 ここでは大久保さんと西郷さんに斡旋してもらった、薩摩領内の 空き屋敷に住まわせてもらって、療養を続けている。 私はここで、龍馬さんたちの治療の手伝いや女中さんの 手伝いをしていた。 中庭掃除のゴミを片づけるため裏庭に回ると、外の様子を伺いこっそりと 脱走・・・出掛けようとしている龍馬さんを見つけた。 「龍馬さん、どちらへ?」 「あ、あ、ちょ、ちょっと散歩に行こうかと八重さんも一緒にどうじゃ?」 「まだ、お医者様から外出の許可は出てませんよ?」 そういうと、目に見えて落ち込む龍馬さん。 「中岡も武市も出払って、ワシだけ置いてけぼりはひどいぜよ・・・・」 朝餉の後、怪我が完治した慎ちゃんと武市さんは買い出しに出掛けた。 以蔵は万が一に備えて、表座敷にて留守番。 奥座敷では龍馬さん一人が療養の為、寝かされていた。 軽く歩きまわることは出来る程度に回復はしてるけど、 でも、外出許可なんて出したら、絶対に無理するにきまってる。 「龍馬さん、無理して傷が開いたらどうするんですか?」 「うっ・・・・」 出歩きたい気持ちはわからなくもない。 それだけ、体が回復してきている証拠だ。 だから、もうしばらくは辛抱してほしいけど、 一人は飽きるよね・・・? 「無理しないって約束できます?」 「ぬぉ?」 「約束出来るなら、近くの海辺までお散歩に付き合います」 「おお!約束する!」 ぱっと笑顔になる龍馬さん、なんだか子供みたいで可愛い。 ちゃっちゃと片づけを済ませ、龍馬さんと散歩に出掛けた。 ****** たわいない話をしながら、行きついた海。 「今日は天気もいいので、海もキレイに見えますね」 「そうじゃのぅ、波も穏やかじゃ」 そして沈黙。 二人横並びで海を眺めているけど、龍馬さんはきっと私に聞きたいことが あって連れ出したのだろう。 何度か口を開いては、閉じる、という動作を繰り返している。 「龍馬さん、私に何を聞きたいんですか?」 「さすがは鋭いのぅ!」 さして驚いた様子でもなく、にししっと笑顔で言う。 「八重さんは何故、薩摩までついてきたんじゃ?」 「と言いますと?」 「おんしはもともと薩摩藩邸におって、大久保さんの小姓じゃったな?」 「はい」 「寺田屋襲撃事件では確かに、わし等と関係したが、 何もここ、薩摩に来る必定性はなかったじゃろう?」 「でも、みなさん大怪我をなさっていて、 誰かお世話する人は必要だったと思いますよ?」 「それは・・ほうじゃが」 龍馬さんの意見は至極当然。 大久保付き小姓が、土佐のみんなと薩摩へ来るというのはおかしい。 ===薩摩へ出発3日前=== 「今一度、確認するが、お前も薩摩へ渡るのか?」 移動準備をしている中、大久保さんに質問された。 「そのつもりですが?」 「・・・お前は私の小姓ではなかったか?」 「そうでしたね」 「それでも行くと?」 「ええ」 私は、少し考えてたから口を開いた。 「私がこの時代へやってきて、路頭に迷っているところを 最初に、助けてくれたのは龍馬さんたちです」 ほんの半年ばかり前の出来事が、随分昔のことに思える。 それほど周りの状況は、めまぐるしく変化していった。 「だから、今度は傷ついた龍馬さんたちの お役に立ちたい・・と考えています」 「それに、誰かついていないと、また龍馬さんは無茶しますよ?」 「・・・・そうか」 それきり、大久保さんは薩摩行きについて言ってくることはなかった。 ====== 龍馬さんたちの・・・なんで詭弁だ。 勿論、本当に少しでも助けになれば、と思っている。 でも、私は大久保さんから離れたかったのが本音。 今回の出来事を、渡りに船とばかりに利用したに過ぎない。 初恋じゃあるまいし、自分の気持ちをこんなに持て余すなんて、 考えもしなかった。 望みのない恋心を、こんな未練たらしく引きずるなんて・・・。 何とも情けないことだ。 「おんしは、大久保さんを好いちょると思っちょった」 「え?」 突然、予想しない言葉で我に返る。 「そして、また大久保さんも・・・・」 海を眺めながら独り言のように呟く。 「それは見当違いですよ、龍馬さん」 「ほうかのう?」 「ええ、大久保さんは私など、何とも思っていません」 事実を再確認するように言う。 まだ、心がズキリと痛む。 「わしにはそうは見えんかったがな・・・」 「そんな事ばっかり言うと、今日の消毒はひどいですからね」 「や、やめちょくれ!あの薬はまっこと傷にしみるき」 「嘘ですよ、もう傷はよくなってきてるからあのお薬は必要ないって、 お医者さんも言ってましたから」 そう言って、龍馬さんに背中を向けて屋敷へ向かう。 今は顔を見られたくない。 大久保さんのことを思い出して、 きっと情けない顔をしている。 屋敷に着くまでには、いつもの私に戻るから。 その時、不意に後ろからふわり、 と龍馬さんに抱きしめられる。 「龍馬さん?どうしたんですか?」 私を腕の中に閉じ込めるように力を込める。 耳元に口を寄せて、囁くように龍馬さんが言う。 「八重さんの悲しむ顔は見たくないからのう、 少しでも笑顔になってくれるなら、ワシは何だってできるさ」 気付かれた? さほど、おかしな行動をしたつもりはなかったけど。 すると、少し苦笑いしてから。 「八重さんは強い女子じゃき、なかなか弱いとこを見せてくれんが、 たまには甘えてみてはどうじゃ?」 ふと与えられた、龍馬さんの温もりに 迂闊にも涙が出てしまった。 「・・・・ありがとうございます、龍馬さん」 その温もりはずっと忘れていた、家族の温もりを思い出し 私はしばらく泣いていた。 そして、この状況を大久保さんに目撃されて、 私と大久保さんがすれ違って行くことなど この時の私たちは知る由もなかった。 <end> ☆目次☆ ☆comment?☆ |