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パンドラ 5



理路整然、沈着冷静・・・そんな言葉が似合う人物が、
私の思いもしない姿で現れた。

傷だらけで息の上がった武市さん。

さすがに大久保さんも少し驚いた表情をしたけど、
すぐに冷静になった。

「何があった?」
「寺田屋が新撰組に襲撃されました」
「?!」

寺田屋が新撰組に襲撃された?!
同盟が結ばれたから?
確かに史実ではそうなっている、もしそうなら
龍馬さんは・・・!

「武市さん、龍馬さんは?!」
「大怪我をして、今は近江屋裏の土蔵に隠れている」

それだけ聞くと、私は自室に戻り清潔なサラシと頭痛薬、
ヘアゴム、ステンレスポット、ノド飴、チョコレートを取りだし、
次に御勝手に向かい、ポットに飲み水を入れて、土瓶にも水をもらう。
近江屋裏の土蔵なら、私一人でも行ける。

「八重!何する気だ?」

私の姿を見咎めて大久保さんが言う。

「私ならば誰にも怪しまれず、龍馬さんを助けられる!」

手にした道具をまとめて仕事鞄に詰め込む。

「夜ですけど、私は小姓姿、歩いていても不審に思われることもないはず。
近江屋裏の土蔵なら、案内なくても行けます」


2〜3日前に買ったばかりの、この時代のブーツを履く。
編上げのブーツは普段履きの草履より、私には走りやすい。
止めても無駄と思ったのか、大久保さんが静かに口を開く。

「・・・では、坂本君の様子が落ち着いたら、土蔵近くにある荷船を使い、
川を下り、丸に十字の紋を掲げた船宿に行け、そこは我藩の船宿だ」


人差指で宙に紋を描きながら大久保さんが言う。
船宿には早馬を出しておく、と付け加えた。

    *****

土蔵には思いのほか早くつけた。
浅葱色の羽織に何度か出くわしたが、私をただの町人と見たのか
何も言われなかったからだ。

「龍馬さん!!」

真っ暗な土蔵の中を手探りで進む。
ガサっと音がする方向を見ると、大きな黒い塊が見えた。

「龍馬さん!!」

近づくと大量出血と疲労の為か、ぐったりとしていた。
とりあえず、怪我の応急処置をしなければ!

患部に土瓶の水をかけてジャブジャブ洗浄すると、サラシを引き裂き
きつく何重にも巻き付けた。
念のため、腕を私の肩に乗せて、心臓よりも高い位置に置く。
これで出血は最小限に抑えられる。

「・・・わしは夢でも見ちょるんかの」

ふと意識を取り戻した龍馬さんがつぶやく。

「夢じゃないですよ・・・」
「・・・なんでこがな所に八重さんがおるがじゃ・・・」
「龍馬さんを助けに来ました・・・」

仕事鞄からチョコレートを取り出す、一口大に折って
龍馬さんの口に放り込む。

「・・・んん、随分と不思議な甘い食べ物だのう」
「チョコレートという、異国のお菓子ですが、非常食でもあります」

肩に上げた手の傷を見る、サラシに滲んだ血は
ひとまず止まったように見える

「龍馬さん、とりあえず血は止まりましたよ」
「こりゃあたまるか、なんと八重さんに名前で呼んでもらえたぜよ・・・」

なんとか止血も出来て、龍馬さんにも気力が戻ったように見えた。
あとは荷船で川を下るだけ。

「龍馬さん、これ飲んでください」

頭痛薬を取り出し、ステンレスポットの水を用意する。
一応、鎮痛剤だから少しは効くかもしれない。

「・・・これはなんじゃ・・・?」
「痛み止めです、気休め程度ですが・・・」

水と一緒になんとか飲みこむ。

「歩けますか?龍馬さん」
「・・・歩くんが、ちと億劫じゃ・・・」

今にも眠りそうな言い方をする。

そこへ武市さんがやってきた。

「龍馬!生きてるか?!」

息を切らせて土蔵に入ってきた。

「龍馬、今なら新撰組の目を気にせず移動できる!」

そう言われて、二人で龍馬さんを引きずるように、そうっと土蔵を出る。
さっきまでワラワラしていた、浅葱の羽織が見当たらない。
なんとか荷船桟橋に着くと、そこに一人の人影が。

「遅いぞ」
「大久保さん!」
「追手が来ないうちに乗り込め!」

急かされるように荷船に乗り込む、龍馬さんと武市さんの上に
ムシロを掛け、最後に大久保さんが乗り込み、船頭が櫂を動かす。
ぎぃ・・・と船は静かに川を下りだした。




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