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パンドラ 3



「・・・小姓姿、やめるつもりはないか?」
「有りませんが、何故ですか?」

茶を持ってきた八重は、理由が分からず首をかしげる。
私としては、こ奴がどんな格好してようが、
興味はないのだが、少々問題が起きてしまった。

     *****

それは、今日の出掛け際に矢部から渡された文の束。

「あの・・・困ったことが・・・」

珍しく言い淀む、物事を簡潔に伝える矢部らしくない。

「・・・なんだ?」
「実は、最近八重さんに文が・・・」

そういうと、記録机の引き出しから紐で纏められた文を取り出す。
しかも2,3通などという数ではない。
ずっしりと重みがある。

「何処からの文だ?」

もしや、あ奴のことを知っている者が、連絡を取りだしたか?
少し目付きが鋭くなったのか、矢部が慌てて否定するように

「あの!全て女子からなのです!」

というので、私は唖然とした。
女子から?
あ奴、この時代にそれほど友人を作っていたのか?

「困ったことは・・・全て恋文でして・・」
「恋文?」

矢部の話では、町中で小姓姿の八重に恋文を出す女子が
増えているらしい。

「八重さん、近頃、読み書きを覚えてしまったので、
文を迂闊に出せなくて」

宛名は『大久保付き小姓様』やら『小姓の君』などいろいろだが、
どの宛名も八重を指しているのは明らかで。
『八重様』と名前が書かれている物もある。

「放っておけ、返信がなければいずれ冷める」
燃やしておけ、と文の束を矢部に付き返す。

「いえ、これだけならいいのですが・・・・」
「まだなにかあるのか?」
「はい、お見合いのお話が・・・・」
「見合いだと?!」

小姓に見合いとは・・・どうなっている?

「おそらく大久保様と繋がりを持ちたい、商家が主なのですが」

そう言って、また違った文の束を出す。
確かに、公家や武家が小姓に見合い話を持ってくるとは、
考えなかったが。
商家・・・か。

「まだ、数的には差程ではありません。
ただ、返事をせかされていまして」

ほとほと困り果てたように、矢部が頭を垂れる。

「いつからだ、見合いの話は?」
「はい、ここ10日ばかしです」

ちょうど忙しく、八重を連れまわしていたころか。
確かにあの年の小姓などおらん。
となれば・・・・と勘ぐった者がいるということか。

「見合い話は早急に手を打たねば、面倒だな」

    ****

八重の正体を探る仕事が、遅々として進まない中、
更に面倒事を抱えるのは、御免こうむりたい。

只でさえ今は、今は薩長同盟を間近に控え、
特に忙しくなってきている。

考えた結果、己の身勝手さで誤解が生まれ、私が迷惑を
被っているということを、本人に知らせるのが最善だ。

「時に八重、この時代の文字が読めるようになったらしいな?」
「はい、少しずつ矢部さんに教えて頂きました」

矢部の教えが良いのか、こ奴の賢いのか、
短期間で覚えた割には良く出来ている。
半紙に筆で予定表なるものを作って、自室に置いてあるのには驚いた。
それも、今の文字で。

「・・・では、これは読めるな?」

矢部から改めて預かった、恋文の束を渡す。

「え?私宛・・・ですか?」

理解できない、といった表情をする。
私も理解は出来ない。
しかし、小姓姿の八重は見た目は年頃の青年に見える。
女にしては背があり、顔立ちも髪を結っているせいか、
男とも女とも判別しにくい。

パラパラと文を開き、次々と読んでいく。
時折、笑いが出るのは良く分からないが・・・・。

「・・・これが表座敷に届けられるらしく、矢部が困っている」
「表座敷・・・ですか?」

本来、表座敷に私信が届くことはない。
しかし、どこにいるかわからない八重に届けたい為、
時々仕事で表座敷に現れる八重あてに文を出しているらしい。

はた迷惑もいいところだ。

「確かに、これでは困りますねぇ・・・」

苦笑いしながら文を片づける。

「それで小姓を止めろと?」
「・・・そうだ」

「でも、この姿、割と気に入っているんですよねぇ」
「・・・周りが迷惑だ」

ズズっと茶を啜る。
相変わらず、こ奴の茶は旨い。

「では、私に相手がいることにしたらいかがでしょう?」
「・・・何だと?」

余りに突拍子もないことを言いだすので、茶がむせそうになる。
一体、何を考えているのやら・・・・。

「このお文の中に、大久保さんとの仲を疑われてるものもありましたよ?」
「なに?」
「今の私と大久保さんでは衆道ですかね?」

面白可笑しいのか、大笑いをしながら話す。
私が衆道を疑われていると?
冗談ではない!

「私は小姓姿を止める気はありませんし、
でも、こちらのお嬢様方には諦めていただかないと困りますし」


ひとしきり笑った後、文を片手に、うーんと間延びした声を出して、
こちらの様子を伺う。
私は不機嫌を隠さず、話を続ける。

「やめる気はないんだな」
「初めにも言いましたが、やめる気は
あ・り・ま・せ・ん!」


ゆっくりと言葉を切って強調する。
何故、これほどまでに小姓姿に拘るのか・・・?

「・・・」

しばしの沈黙後、八重から口を開く。

「桂さんにご協力頂きましょう!」
「何故、そこに桂君が出てくる?」
「私の恋仲相手です」

恋仲相手・・・ツキンと、胸の奥に痛みを感じる。

「大久保さんと恋仲になるわけにはいきませんし。
まあ、偽物、なんですけどね」


何せ衆道になりますからね、と乾いた笑い声をさせて言う。

「・・・」

以前、感じた軋みとは違う、痛み・・・覚えがある。
まさか、この私が今さらこの痛み感じるとは・・・。

「大久保さん、今夜は長州藩邸で接宴がありましたよね?」
「ああ」
「その時に相談してみようと思いますが、よろしいでしょうか?」
「・・・任せる」

既に八重の話は耳を通り過ぎるだけだった。
それよりも、覚えのある痛みに、その事実に私自身が驚いていた。

        ****

長州藩邸での接宴から5日。
意外なほど、桂君はあっさり八重の恋仲役を快諾し、
翌日から町中で逢引きする、という行動に出た。

女装した桂君と小姓の八重は、傍目に見ても目立つ。
おかげで八重への恋文と見合いの話は、上手い具合に立ち消えた。

そう、八重への恋文やら見合いはなくなったが・・・・―

「そうそう、大久保さまの小姓さん、エライ別嬪さんと恋仲らしいよ」
「ああ、私も御見かけしました、悔しいけど、良くお似合いでした」
「最近、お茶屋で見かけたよ、えらく仲ようしてた」
「・・・・もしかして?」
「もしかすると・・・・?」
「いやはや、大久保様の小姓ならオイシイ話どすな」

二人の下世話な噂話は、嫌でも耳にするようになった。

私も、一度気になり様子を見に行ったことがある。

小姓姿の青年八重と女装した桂。
想像以上に自然に振舞われた二人の様子に、
目が離せなかった。

中睦まじく、手を繋いで歩いているのには驚いた。
この時代、男女が並んで歩く、まして手を繋ぐなど
あまりない。

演技なのか、本当かわからぬが、桂君の頬が
赤くなっていた・・・・。

昼の町中で、堂々と歩く二人の姿に周りは色めき立っていた。

二人は八重と桂君だとわかっている、姿こそ逆転しているが、
それは・・・・本物の恋仲のように見えた。

偽の、見合い話と恋文を抹殺するための・・・・
わかっていても、何故か見ていられず、
息苦しさを感じ、私はその場をすぐに離れた。




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