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パンドラ 2



「・・・八重、長州藩邸へ移っても構わぬぞ?」

寺田屋での宴会の帰り道、大久保さんからの突然の
解雇通告?みたいな一言。
特に失敗や、大久保さんの機嫌を損ねたつもりは
ないのだけど・・・?
心当たりがないだけに、非常に困った。

あれから7日・・・特に追い出されるようなこともなく、
私は付き人改め小姓として、大久保さんのお世話と
矢部さんの通訳のお仕事に追われている。

あの日の翌日、散々悩んだ挙句、私は聞かなかった振りして
いつも通りに行動した。
そして、大久保さんも普段と変わらない態度だった。

だから、あれは夜の物の怪の仕業だったのでは?
気まぐれ?酔っ払いの戯言?
とまで思うようになった。
でも、時々、何か言いたげな大久保さんの様子が
私の心に影を落とし始めている・・・・。

    *****

「こんにちは、八重さん」

表座敷の記録所で仕事をしていると、声を掛けられた。

「桂さん、こんにちは。大久保さんに御用ですか?」

私は矢部さんに断りを入れて、桂さんを迎える。

「そう、晋作の代わりにね。もしかして大久保さんは御留守かな?」
「はい、今お出かけになられています。
でも、夕餉までには戻られると仰られていたので、
お待ちになりますか?」

「では、待たせて頂こうかな」

にっこり笑って桂さんが言う。
桂さんを御広間に通して、お茶の準備をする。
矢部さんに仕事を中断する旨を伝えると、

「大丈夫ですよ、残りは自分のほうで仕分けます」

と有りがたい言葉を頂いた。
実際、矢部さんはとても有能なので、私なんかが手伝わなくても
仕事に支障はないと思う。
でも、邸内で暇を持て余している私に、気を使ってくれてるんだと、
最近になって気がついた。

再び、御広間にお茶を持って戻る。

「藩邸内でも八重さんは小姓姿なのですか?」

湯呑みを持ちながら、桂さんが聞く。

「はい、男装のほうが気楽で、何かと動きやすいので。」
「男装が気楽とは・・八重さんらしいですね」
「でも、私みたいな年の小姓は実際いないでしょうね」

そう、小姓は元服前の少年の役柄だ。
もう、二十歳もとうに過ぎた大人がすることではない。

「そういえば、今日は女装ではないんですね?」

そういうと、一瞬ギクっとした表情の桂さん。
やっぱり、あれは・・・・。

「・・・なんのことかな?」

そらとぼけるように、桂さんが笑顔で言う。

「そんな笑顔じゃ誤魔化されませんよ?」

私も笑顔で答える、多分、意地悪な笑顔に映っているだろう。

「何故・・・わかったんだい?」

少し困ったように笑う。

「あまりにお綺麗なので、最初は気がつかなかったのですが、
私と目を合わせた時、意図的に視線を反らした気がしたので・・・」


しらっと答えてみる。

「・・・それだけで見抜かれてしまうとは・・・
私の変装もまだ修練が足りないみたいだね?」


クスリと笑いながら、白旗を上げる桂さん。

そう、先日、お使いで出掛けたお菓子屋さんで、
女装をしている桂さんに遭遇した。
あまりにも綺麗だったので、本当に最初は気付かなかったけど、
私を見て気まずそうに視線を反らすから、気がついた。

「先日の宴席でお話を聞きたかったのですが・・・」
「・・・何か言いたそうにしていたけど、
その話だったんだね?」


なかなか桂さんとお会いする機会がない。
せっかくのチャンスだと思ったけど、結局挨拶を交わすだけで終わって
しまった。

「ええ、でも、こうしてお話を伺えてよかったです」
「私もだよ、あの場で言われては、後々、
晋作や坂本君にからかわれるのが、火を見るより明らかだからね」


「それは、それで見てみたかったかも?」
「・・・いい性格してるね?八重さん?」
「誉め言葉として受け取っておきます」

そのままどちらからともなく、笑い声が上がる。

「何やら楽しそうなところを邪魔するぞ?」

スっと障子が開き、大久保さんが姿を現した。

「おかえりなさい、大久保さん」

どこか不機嫌な様子で御広間にはいる。
出先で何かあったのだろうか?

「今、お茶をお持ちします」

桂さんに退席の挨拶をして、御広間を後にした。

     ****

出先から戻ると、記録所の矢部から桂君の来訪して
八重が相手してると聞き広間へ向かった。
近くまで来ると、二人の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

広間に入ると八重が桂君と談笑をしていた。
私の姿を確認すると、席を外し、茶を持ってくると、
桂君と意味ありげに視線を交わし、
記録所の矢部の元へ戻った。

桂君との話し合いは、さ程時間かからず、その場で
高杉君に書状を書いて終了した。

「・・・桂君」
「はい」

席を立つ桂君に思わず声をかける。
何を聞くというのだ?私は・・・。

「・・・高杉君にくれぐれもよろしく」
「承知しました」

出てきたのは、当たり障りのない言葉だった。

    ****

失言?失態?八つ当たり?
とにかく、私らしからぬ言葉を発したあの夜。

あれから幾日も経つが、特に変わった様子はない。
相変わらず、私の世話を焼き、矢部の手伝いを
している。

八重はいつもと変わらず、私に接している。
あの時の言葉は・・・流したのだろうか?

宴会で、八重の見せた表情、
そして、今日の八重と桂君の談笑。

何かが引っかかり、すっきりしない。
いつも強気で、男勝りな感じの奴だが、あの時・・・・
桂君を見る表情は、何か・・想いを馳せてるように
見えたのは、私の見間違いか?

忘れていたはずの、胸が・・・軋んだ。

・・・・笑い声・・・・?

そうだ、私は八重と話をしていて、笑い声を聞いたことが
なかったことに、今さらになって気がつく。
微笑・・・というのだろうか、声に出さない笑い顔は
何度かあったが・・・。
そつなく仕事をこなし、小姓よろしく茶を持ってきたりするが、
あまり無駄話をしたことがない。

朝餉は共にするが、あ奴は忙しく食べ終わると
仕事に取りかかり、私もまた仕事に取りかかる、
昼は当然、夜も食事を共にすることが少ない。
会って話すのは仕事の話だけと気づく。

本来は八重が何処からきて、何者なのか、
それを確認しなければならないのに・・・。

仕事が存外出来るものだから、
藩邸内の、主に私の雑務を任せてしまっていた。
本来「居ないはず」の人間が「居て当たり前」な存在に
なりつつある。

可及的速やかに、八重のことを調べなければなるまい。
何処から、何しに・・・そして、何者なのか。

すっかり後回しになっていた、このことに
私は手をつけることにした。



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