QLOOKアクセス解析 小説本文 | ナノ



嫉 妬 (小娘side)


〜小娘side〜

「・・・キレイな人だったなあ」

薩摩藩邸の自室でぼやく。
それは、今日、女中頭の、お鈴さんに言われて、
お菓子を買いに出た時のこと。
普段、独り歩きは禁じられているんだけど、
すぐ近所で、良くいくお菓子屋さんだからって、
私が無理を言って、お使いに行かせてもらった。

ちょうど大久保さんも所用で出掛けてて、バレないうちに
帰れば平気!という安易な気持ちだった。

それが、まさか・・・・あんなのを目撃するなんて。

お菓子屋さんに行く途中にある、ちょっと薄暗い袋小路。
何気に通り過ぎた時、見覚えのある羽織が見えた。
見間違いかと思って、思わず足を止め、戻ってみた。

でも、それは見間違いなんかじゃなく・・・・
薄紫の羽織・・・大久保さんの後姿だった。
そして、親しげに大久保さんに寄り添う女性。
長い髪で顔は見えなかったけど、品の良さそうな
着物を着ていた。

ドクンっと心臓が大きく跳ね上がった。
今まで気にならなかったわけじゃないけど・・・。
大久保さんに女の人の影なんて、見えたことがなかったから
気にしないことにしてたけど・・・。

考えてみれば、薩摩藩の重鎮と呼ばれる人で、
仕事も出来て、見栄えだって悪くない男の人・・・。
女の人がほっとくはずがない。

『大久保さん、薩摩に帰った折、見合い話があったらしい』

先日、偶然通りかかった女中部屋から漏れ聞いた
そのことを思い出した。

足が地面に張り付いたかのように、動かない。
見たくないのに、視線は二人を凝視する。

すると、女性が大久保さんに耳打ちするように話すと
何かに動揺したのか、誤魔化すように顔をそむけた。
可笑しそうに、袖で口元を覆いながら笑う女性は
とても・・・綺麗な人だった・・・。

その時、見えた大久保さんの表情は、
困ったような・・・・
でも、間違いなく嬉しそうな顔をしていた。

全身からザーっと血が引くのがわかった。
夏で暑いくらいなのに、全身が氷水を浴びたように
冷たくなっていくのが、わかった。

私には、あんな表情見せたことない。
所詮『小娘』止まりなのだ、と確認させられた。

女性が私に気がついたようだったので、
私は慌ててその場を後にし、目的のお菓子屋に向かった。

その後のことは、あまり覚えていない。
とにかくお使いを済ませて、早く独りになりたくて
自室に籠った。

暑さにバテた、と言い訳をして昼餉と夕餉の断りを入れ、
部屋にある鏡台を見つめていた。
見てたって、あの女性みたいにキレイになれるわけじゃない。
フッと先ほど見た、女性の顔が映った気がした。

・・・大人の女性・・・・

鏡台から離れると、お布団をズルズルと引っ張り出して、
はしたなくも、大の字になって寝っ転がった。

『小娘』の私では太刀打ちできない。
心の中に漬物石みたいな、重しがズシっとのしかかる。
どうすれば、大久保さんの興味を引くことが出来るのか。
そんなことを考えてるうちに、本当に寝入ってしまった。

私が起きたのは、大久保さんの呼びかけた声だった。

「おい、小娘、起きているか?」
「・・・はぁ」

私はすっかり寝ぼけて、返事をする。
スっと障子が開くと、大久保さんの怒声が聞こえてきた。

「小娘!」
「は、はい!」

一気に眠気が覚める。
見ると眉を吊り上げ、鬼のような形相で、
仁王立ちしてる大久保さん。
なんで、いきなり怒られるんだろう?

「お前は年頃の娘だという自覚もないのか?!」
「へ?」

言われてみると、袷はだらしなくはだけ、裾もまたしかり・・・。
慌てて整えて、布団の上に正座をする。

「・・・とにかく、身支度を整えて私の部屋へ来い!」
「は、はい!」

明らかに呆れたような声と表情で言う。
そうりゃそうだよね、まだ夕餉前で陽も高いってのに。
寝乱れた姿は、年頃の娘にありえない姿だったかも。
この時は、さすがに自分の寝像の悪さが憎かった。

   *****

すぐに身支度して、髪も整えて大久保さんの部屋へ向かう。

「八重です」
「・・・入れ」

すっと襖を開けて入ると、大久保さんが腕組みして座っていた。
その斜め隣には・・・見覚えのある、キレイな女性・・。
一瞬、顔が引きつるのがわかった。
まさか藩邸に連れてくるなんて・・・・!

「・・・座れ」

大久保さんに促されて、二人から少し離れた場所に座る。
女性は優しく私に微笑む。
・・・余裕・・・だよね?

「小娘に紹介しようと連れてきた」

残酷な言葉が響く。
紹介・・・今まで大久保さんから女性を紹介されたことは、ない。
それどころか、藩邸に女性を連れてきたことも、ない。

「・・はい」

私は俯き、絶望的な心持で、大久保さんの次の言葉を待った。

しばし、沈黙。
そして。

「・・・小娘、何を気構えておる?」

大久保さんが溜息交じりに言う。
そりゃ、気構えますよ!
これで恋人宣言でもされたら、私はきっと立ち直れない。

「どうせ、その小さい頭でロクでもないことを
考えておるのだろう?」


うう・・・見透かされている・・・。

「彼女は・・いや、彼は桂君だ」
「はぁ!?」

大久保さんの言葉に驚き、弾かれるように顔を上げる。

「ん?なんだ、間抜けな顔をしおって」

大久保さんは、口の端を上げて、明らかに面白そうに言う。
私は桂さんだという女性を凝視した。

「ええぇぇ!?」
「久しぶりだね、八重さん」

優しく微笑みながら言う、その声は確かに・・・桂・・・さん?
あまりにも意外な出来事に、言葉が出ない。

「私もあまり大っぴらに大久保さんと
会うわけにも行かないからね」


少し困り顔で言う。
そうだったんだ、私の勝手な思い込みだったんだ。
なんだか、心の中の重しが取れた気がした。

「桂さん・・・綺麗ですねぇ」
「・・・あまり褒められても嬉しくはないんだけどね」

複雑そうに桂さんが言う。
まあ、女装が似合うなんて誉め言葉にならないか。

「小娘も少しは桂君を見習ったらどうだ?」
「・・・ぐぅ」

きっとさっきの寝起き姿のことを言ってる。
確かに女の私より女らしい・・・。

「小娘、理解出来たら、茶を淹れてこい」
「あ、はい!」

桂さんに退席の挨拶をして、部屋を出る。
良かった、大久保さんの恋人じゃなかった!
それだけで、私は気分が晴れやかに、足もとも軽くなった。

大久保さんの極渋茶と桂さんの玉露を運びながら、
ふと、疑問がわいた。
なんで私が落ち込んでるってわかったんだろう?

その回答は、桂さんが帰られた後、
一人で買い物に出たことがバレて、大久保さんの
お説教の中で明かされたのだった・・・。

<end>


☆目次☆


☆comment?☆