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誰がために


「小娘、出掛けるから準備をしろ」

唐突に大久保さんは部屋にやってきて、そういうと行ってしまった。
ここのところ、薩摩と長州が同盟を組んでからというもの、
今までに輪をかけて忙しくなっていた。

私的に大久保さんとお出かけできるのは嬉しいけど・・・。
疲れてるだろうから、ゆっくり休んで欲しい気もする。

準備を済ませて、玄関に向かう。

「今日はどちらに行くんですか?」

前を歩く大久保さんに聞く。

「・・・黙ってついてこい」

怒ってるわけではないみたいだけど・・・。
なんだろう?
大久保さん、妙にピリピリしてるような気がする。

薩摩藩邸からしばらく歩いたところにある、
小物屋さんについた。

「・・・小娘、ある女子に贈る為の髪結紐と
飾りを選んでもらおうか」

「女の子に・・・贈物ですか?」

チクン・・・と胸が痛む。

「ああ」

少し戸惑ったように、大久保さんは肯定する。
珍しいな、大久保さんが女性にプレゼントするなんて・・・。

「・・・えっと、幾つ位ですか?」
「年の頃は小娘と同じだ、洒落っ気が全く無くてな」

困った奴だ、と言いながらも
何処となく嬉しそうに話しているのは、気のせい?

「髪結紐と小物ですね?」
「ああ、見繕ったら、声をかけろ」
「・・・・はい」

それを私に選ばせるなんて・・・残酷すぎですよ?
でも、大久保さんは私の気持ちなんて知らないから・・・。
同じ年の私なら、気に入るものがチョイス出来ると思っただけで。

私はそれほど広くもない店内を見る。
綺麗な色の髪結紐が並んでいる。
私と同じ年・・・16〜17才位ってことだよね。
じゃあ、あんまり濃い色じゃなくて、淡いのがいいかな?

散々悩んで、薄桃色の髪結紐に七宝で桜が描かれた二本足簪を選んだ。
10代にはちょっと大人っぽいかもしれない。
でも、大久保さんが贈る−選んだ人−なら、これのほうがいい気がした。

「大久保さん、決まりましたよ」
「どれだ・・・ほぉ」

手にした品を見せると、とても意外そうに見ていた。
当てが外れたのかと心配になる。
一応、これでもいろいろ考えて選んだんだけど・・・・。

「ふむ、悪くない・・店主、これを貰おうか」

大久保さんがいうと、年配の店主が出てきて大久保さんから
品物を受け取り包んだ。
支払いを終えて品物を受け取ると、とても大切そうに
懐にそっとしまった。

その仕草はまるで、恋人に贈る品を大切にしまっているように見えた。
私は、見えない『女性』に嫉妬し、気分は最悪だ。
体の中に消化できない、鉛でも飲みこんだかのように
重い気分に押しつぶされそうだ。

      *****

その日、大久保さんは一度藩邸に戻って、再度出掛けた。
あの包みを持って、一人で。

そして夕餉にも帰ってこなかった。
私は気分が浮上することが出来ない。
食事もあまり入らず、早々にお風呂を頂き、
部屋のお布団の上で、ボーっとしていた。

あの髪結紐で髪を結いあげ、簪を刺すのはどんな女性だろう?
私と同じ年って言ってたけど、この時代ではもう、成人女性扱い。

あの大久保さんが、贈物をする女性・・・
それは、もしかしたら・・・!
その先は考えたくなかった、所詮『小娘』では
太刀打ちできないだろう。

「考えても仕方ない、寝てしまおう!」

勢いよく掛け布団を捲る。

「なんだ、小娘はもう寝るのか?」

廊下から大久保さんの声がした。

「お、大久保さん、おかえりになったんですね!」

羽織を肩にかけて、勢いよく障子をあけると、
外出着のままの大久保さんがいた。
手には風呂敷を持っていた。

「おかえりなさい、お荷物取りに行ってたのですか?」

一人でお出かけになった時は、手ぶらだったような。

「ああ、今戻った。小娘、とりあえず茶でも入れてもらおうか」

「あ、はい」

御勝手に向かうと幸いまだ、火は落ちてなかったのですぐに
お茶を入れることが出来た。

「八重です、お茶お持ちしました」
「入れ」

お茶を文机の脇に置くと、先ほど持っていた風呂敷を渡される。

「ええと、洗濯物ですか?」
「馬鹿者、小娘に土産だ」

すぐに開くように指示され、風呂敷包みを開く。
中には桜模様を全面にあしらった、着物が姿を現す。
似合いの帯もあった。

「わあ、素敵な着物ですね!」
「感心はいい、奥の間で着替えてこい」
「今ですか?」
「・・・同じことは二度言わんぞ」

私は慌てて着物一式を持って、奥の間に行き着替えた。
この時代に来てもう随分になる。
上手く着物が着れるようになったものだ。

「どうでしょうか?」
「良く合っている、当然だな、私が選んだんだ」

ふん、と得意そうに言う。
大久保さんから頂いた、初めての着物。
思わず涙が出そうになった。

大久保さんには、思いを寄せる女性がいるはずなのに、
私にまで気を使ってくれる。
すごく嬉しいのに、すごく辛い。

「ふむ、少し後ろを向け」
「はい・・?」

言われるままに後ろを向く。

「!?」

大久保さんの手が首元に触れる。
クルクルと手際よく、髪を掬って束ねて、まとめる。
少しひんやりとする、大久保さんの手はとても気持ちがいい。

「よし、いいだろう、我ながら良く出来ている」

・・・自画自賛、とても満足そうに腕組をして私を見る。

「どうした、小娘、何か不満か?」
「あ、いいえ・・」

不満なんてないけど、何がどうなってるのかわからず、
少々混乱はしている。

「良し、前を向け。ああ、忘れていた」

胸元から、簪を取り出す。
それは私が今日選んだ、桜模様の二本足簪!
簪をそっと私の髪に飾る。

「それは・・?」
「もう忘れたか?小娘の選んだ簪だ」
「いえ、それはわかっています。それは贈物だったのでは?」
「ああ、小娘にな」
「はい・・?」

私は事情がよく飲みこめない。

「相変わらず、頭の悪い小娘だな」

呆れたように溜息とともに言う。

「これは小娘に贈物として買ったのだ」
「え?だってそんなのこと一言も・・?」
「・・・言えば、遠慮して満足に選ばんからな」

すっと頬に触れ、言葉を続ける。

「着物の仕立て上がりに合わせて・・・・いや、
私が八重に贈りたかっただけだ」


ニヤリと口角を上げて、小娘には少し大人びた簪ではあるがな・・・と。

「同じ桜を選ぶとは・・・趣味は悪くないようだな」

少し冷やかすように言う。

「あ、ありがとうございます」

顔が真っ赤になってるに違いない。

頬に触れていた大久保さんの手が、顎に掛かったかと思うと、
優しい口付けが落ちてきた。

「・・その簪に負けないように、いい『をんな』になれ」
「しょ、精進します!」

さっきまで体の中に沈んでいた鉛が、
サラサラと溶けてなくなるのを、私は確かに感じていた。

<end>



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