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覚悟はいいか?


「お前は本当に女子か?」
「残念ながら女子です、何なら確かめてみます?大久保様?」
「ね・・・ねえさん・・・」

バチバチと火花が聞こえそうな、長州藩邸の廊下。
ふふん、と見下すような言い方の大久保さんに対し、
負けじと応戦してみる。
私を連れてきてくれた慎ちゃんは、オロオロしてる。
事の始まりは、私の身に起きた不可思議な出来事。
途方に暮れてるとこに、慎ちゃんが親切に長州藩邸に連れてきてくれた。
そこで、出会ったのがこの『オレ様』全開な大久保さん。
第一声が「男か?」だった。
確かに黒のパンツスーツに、まとめた髪、人並より薄い胸じゃ・・・ね。
でも、一応化粧もして口紅もしてるんですが!!

「ふん、私の趣味ではないな」
「あら、奇遇ですね、私も好みじゃありません」

にっこりと笑って見せる。
大久保さんもニヤリと口角上げて笑うと、どこかの部屋へ消えた。
さては、何気に面白がってたな?
まあ、お互いさまか。

「はあ・・・」

呆気に取られて慎ちゃんが脱力してる。
この子、可愛いなあ・・・・。

    ****

会合が終わったらしく慎ちゃんが迎えに来てくれた。

「姉さんのすきなとこを選びましょう」

身を寄せる場所を思案していたら、慎ちゃんがそう言ってくれた。

「そうねぇ・・・」

玄関に向かっている大久保さんが、遠くに見えた。

「薩摩藩邸にしようかしら?」
「え?!大久保さんとこッスか?!」

とても驚いて目を見開いていう慎ちゃん。
あとから入ってきた桂さんも、驚きに声を失っている。
そんなに驚くことだったかしら?
幕末・・・よね、ここ。
動乱の時代に来ちゃったみたいだから、ここはひとつ
いろいろ情報が手に入りそうな、
大久保さんのもとへ行くことに決めた。

「・・・まあ、八重さんが希望するなら・・」

桂さんはそう言って、困惑の色が隠し切れないまま
大久保さんのもとへ行く。

しばらくすると、大久保さんが現れた。

「我が藩邸に来たいと?」
「ええ、お願いできますか?」

少し殊勝な言い方をしてみる。
ふん、と口の端を上げて偉そうに
腕を組んだまま言う。

「・・・まあいいだろう」
「ありがとうございます」

すっと頭を下げてお礼をする。

「桂君、中岡君、この身元不明の女は薩摩藩邸で預かる、
ついては高杉君と坂本君に報告しておいてくれ」


    ****

帰り道は大久保さんの後ろを1歩下がって歩いた。
この時代の習わしなのか、連れ添って歩く姿は少ない。
男尊女卑?それとも一応守ってるつもりなのかしら?

「・・・この部屋を使え」
「いいお部屋ですね」

通された部屋は、わりと日当たりのいい庭の見える部屋だった。
部屋は8畳、でも、私のいた時代より、畳が2回りぐらい大きがする。

「この襖向こうが私の書斎だ、何かあれば声をかけろ」

そういって踵を返して部屋へ戻る。
とりあえず少ない手荷物を整理する。
今日は大事な会議があったんだけどな・・・
まあ、私じゃなくても大丈夫だろう。

広げた手荷物は意外とあった。
化粧道具一式、携帯電話、ソーラー充電器、手帳、筆記用具一式、
お弁当、のどあめ、チョコレート、金平糖、ステンレスポット、
常備薬(頭痛薬・風邪薬・ばんそこう)。
あとは会社の予備が切れそうだったから、持ってきてた
インスタントコーヒーの大瓶。
特に使えそうなものはないな。
とりあえずお弁当は食べておこう。

「おい、女!」

不躾な声とともに襖が開く。
私はちょうどお弁当を広げてる最中だった。

「・・・・何をしている?」
「着替えてるように見えます?」

努めて冷静に返答する。
すると大久保さんは眉間の皺を深くして、
人差指でこめかみを押さえるような仕草をする。

「・・とりあえず、食い終わったら私の部屋に来い」
「わかりました」

半ば呆れたような声で言うと、パタンと襖を閉めた。
私はさっさとお弁当を片づけた。

      ***

「大久保さん?入りますよ?」

ドアじゃないからノックしても仕方ないし、とりあえず
声をかけて、静かに襖をあける。
そこは和室なのに、なぜかカーペットが敷かれ、
中庭が見える、窓際には執務机と椅子が、
その背後にはコンパクトな応接セットがあった。

大久保さんは執務机に向かって、執筆中のようだった。

「随分、洋風なのですね」
「洋風?またわからん言葉だな」
「異国風ですね」

この時代っぽく言いなおしてみた。

「お前には馴染みがあるような口ぶりだな?」
「・・・」
「まあ、いい。それよりも、これからここで生活する上で、
言っておくことがある」


そういうと私に応接セットのソファに座るように指示する。
向かい合わせに座ると、おもむろに口を開いた。

「お前に藩邸での仕事を命ずる」
「お仕事ですか?」

意外な話の展開にちょっと戸惑う。
この時代のお仕事の手伝いなんて、出来るのかしら?

「心配するな、お前にそんな難しいことは頼まん」
「!!」

かっち〜ん!
これでもバリバリ仕事こなしてきてたんですが!!
・・・と文句もあったけど、あえて口にはせず、睨むだけに抑える。
でも、きっと大久保さんには伝わっているんだろう。
ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべていた。

「中庭の掃除と私の身の回りの世話をしてもらう」
「お掃除と・・・大久保さんのお世話ですか?」
「そうだ、不満か?」
「いいえ、もっと下働き的なことをするのかと」

そう、御女中さんみたいに食事とか洗濯とか・・・。

「藩邸の女中は間に合っている」
「ということは、大久保さんの身の回りを世話する女中さんも居るのでは?」
「いない」
「いない??」
「自分でやったほうが手っ取り早かったのでな」
「なら、何故、私を?」

疑問ばかりが浮かび上がる。

「どうせ藩邸に居ても暇であろう?」

確かに、中庭の掃除だけじゃいいとこ、
お昼ぐらいまでしか潰せそうにない。

「まあ、私の身の回りだけとはいえ、お前の手に余るかも知れんがな」

くっと含み笑いをする。
大久保さん・・・いい性格してるな。
要するに私を試してるわけだ、使える人間かどうか・・・。

「いいえ、お世話になるのですから」

喜んでやらせて頂きます、というと大久保さんは満足そうにニヤリとした。
でも、その前に私も言っておきたいことがあった。

「大久保さん」
「なんだ?」
「私には”八重”という名前があります。
お前呼ばわりは辞めていただけませんか?」


すると、意外そうな顔をする。
名前を呼ぶぐらい、大したことでもないと思うんだけど。

「ふっ・・・いいだろう」

面白そうに口の端を上げて言う。

「では、八重、覚悟はいいか?泣き言は聞かんぞ」
「臨むところです」

こうして、私の大久保付き人生活が始まった。


☆目次☆


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