今夜は寺田屋での接宴に八重を連れてきた。 接宴・・・とは名ばかりの”宴会”だ。 そして。 「・・・八重さんか?」 「え?八重さん?」 「ねえさん、男だったんっスか?」 「なんだ、やっぱり男か」 寺田屋の面々が、今日の八重の姿に感想を述べる。 驚きを隠せずにいる。 連れてきた私は途方に暮れている。 「お、お、大久保さん、これは!?」 坂本君が目を見開いたまま、席に着いた私に質問する。 その回答を待つように、寺田屋の面々が視線を向ける。 「烏(カラス)のような姿で藩邸をうろつかれても困るからな」 別段、問題ない、というように答えたが。 「いやいやいや・・・これは烏云々という問題じゃないぜよ?」 会得が行かない、と食い下がる。 まあ、そうであろう。 「龍馬さん、これは私が望んだことなのです」 若緑色の吉祥紋小袖に落葉色の銀杏柄刺繍袴を着用し、 豊かな黒髪を中岡君のように、高く結わえた八重が口を開く。 「では、教えて欲しい、何故、男装を?」 一斉に視線が八重に向く。 「私が動きやすいようにです」 何の躊躇いもなく、笑顔で言う。 そして、この姿になった経緯を掻い摘んで話す。 私を除くその場にいた、全員が呆然としている。 「なので、今は大久保さんの小姓です」 「・・・小姓にしては齢が食い過ぎだがな」 「余計なお世話です」 「ねえさん・・・勇ましいってゆうか・・」 「ただの馬鹿だろう」 中岡君と岡田君が感想を述べる。 私は岡田君の感想に、心の中で賛同していた。 「以蔵酷い言い草ね、じゃあイジメられてる可愛い子、見逃せる?」 「先生に危害がなければ、オレには関係ない」 「ふぅん、以蔵って冷めたいのね」 「なんとでも言え」 岡田君はそういうと、盃の酒を飲み干す。 興味がそれたのか八重は、その話を打ち切り、中岡君と話し始めた。 「そういえば、今日は長州の方々は?」 「あ、もうじき来ると思うッスよ」 中岡君が言い終わらないうちに。 「八重ー!会いに来たぞ!!」 噂をすればなんとやら・・・・高杉君の賑やかな声と足音が部屋に近づく。 「八重!久しぶりだな!」 高杉君は挨拶もそこそこに、八重の真向かいに座り話し始める。 「お久しぶりです、高杉さん」 「おわっ!?なんだその姿は?!」 飛び退くように高杉君が言う。 「なんだ?薩摩藩邸には女子の着物の用意もないのか?!」 「いろいろ事情がありまして・・・」 「そうか、しかし我が長州藩邸に来れば、 もっと綺麗にしてやるぞ!」 自信たっぷりに高杉君が言う。 「おい、長州藩邸にはいつ来るんだ?」 「お誘いは嬉しいのですが、今は大久保さんにお世話になっているので」 「世話になってるったって、大久保さんの嫁じゃねぇだろ?」 「もちろん、違いますよ」 「じゃあオレの嫁になるのに問題ないな!」 「もう・・・高杉さんは強引ですねぇ」 さすがの八重も返答に困っていると、高杉君を咎める声が部屋に響く。 「晋作!いい加減にしないか!」 「うわ!小五郎!」 「・・・桂さん」 眉間に皺を寄せた桂君の登場により、 開きっぱなしだった高杉君の口が閉じ、 閉口していた八重の口元が、少し綻ぶ。 「お久しぶりですね、八重さん。 一瞬どなたかわかりませんでしたよ」 先ほどとは変わり、優しい笑顔を向ける桂君。 「はい、お久しぶりですね。 先日はありがとうございました」 八重もふわり、と笑顔を桂君へ向ける。 二人の間に穏やかな、想いあったような空気が流れる。 その様子に私の胸が一瞬、軋んだ気がした。 「小五郎!お前八重となに仲良くしてるんだ! オレの嫁だぞ!」 「・・・高杉さんの嫁になるって言ってませんよ?」 「っがー!!!」 八重にピシャリと言われ、喚きながら高杉君は他の席へ移る。 桂君は一通りの挨拶を済ませると、用意されていた膳の前に座った。 その後、二人で話すことはなかったが・・・。 時折、八重が桂君を複雑な表情で見ていた。 私の胸の軋みが確実なものへと変わっていった・・・。 **** 帰り路、酔っていたせいか、それとも胸の軋みを否定したい為か、 私らしからぬ発言をしてしまった。 その結果、八重が藩邸で表情を曇らせ、 そして否定したはずの、胸の軋みが深まることになるなど、 この時はまだ、考えも及ばなかった。 「・・・八重、長州藩邸へ移っても構わぬぞ?」 ☆目次☆ ☆comment?☆ |