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パンドラ 1



今夜は寺田屋での接宴に八重を連れてきた。
接宴・・・とは名ばかりの”宴会”だ。
そして。
「・・・八重さんか?」
「え?八重さん?」
「ねえさん、男だったんっスか?」
「なんだ、やっぱり男か」

寺田屋の面々が、今日の八重の姿に感想を述べる。
驚きを隠せずにいる。
連れてきた私は途方に暮れている。

「お、お、大久保さん、これは!?」

坂本君が目を見開いたまま、席に着いた私に質問する。
その回答を待つように、寺田屋の面々が視線を向ける。

「烏(カラス)のような姿で藩邸をうろつかれても困るからな」

別段、問題ない、というように答えたが。

「いやいやいや・・・これは烏云々という問題じゃないぜよ?」

会得が行かない、と食い下がる。
まあ、そうであろう。

「龍馬さん、これは私が望んだことなのです」

若緑色の吉祥紋小袖に落葉色の銀杏柄刺繍袴を着用し、
豊かな黒髪を中岡君のように、高く結わえた八重が口を開く。

「では、教えて欲しい、何故、男装を?」

一斉に視線が八重に向く。

「私が動きやすいようにです」

何の躊躇いもなく、笑顔で言う。
そして、この姿になった経緯を掻い摘んで話す。
私を除くその場にいた、全員が呆然としている。

「なので、今は大久保さんの小姓です」
「・・・小姓にしては齢が食い過ぎだがな」
「余計なお世話です」

「ねえさん・・・勇ましいってゆうか・・」
「ただの馬鹿だろう」

中岡君と岡田君が感想を述べる。
私は岡田君の感想に、心の中で賛同していた。

「以蔵酷い言い草ね、じゃあイジメられてる可愛い子、見逃せる?」
「先生に危害がなければ、オレには関係ない」
「ふぅん、以蔵って冷めたいのね」
「なんとでも言え」

岡田君はそういうと、盃の酒を飲み干す。
興味がそれたのか八重は、その話を打ち切り、中岡君と話し始めた。

「そういえば、今日は長州の方々は?」
「あ、もうじき来ると思うッスよ」

中岡君が言い終わらないうちに。

「八重ー!会いに来たぞ!!」

噂をすればなんとやら・・・・高杉君の賑やかな声と足音が部屋に近づく。

「八重!久しぶりだな!」

高杉君は挨拶もそこそこに、八重の真向かいに座り話し始める。

「お久しぶりです、高杉さん」
「おわっ!?なんだその姿は?!」

飛び退くように高杉君が言う。

「なんだ?薩摩藩邸には女子の着物の用意もないのか?!」
「いろいろ事情がありまして・・・」
「そうか、しかし我が長州藩邸に来れば、
もっと綺麗にしてやるぞ!」


自信たっぷりに高杉君が言う。

「おい、長州藩邸にはいつ来るんだ?」
「お誘いは嬉しいのですが、今は大久保さんにお世話になっているので」
「世話になってるったって、大久保さんの嫁じゃねぇだろ?」
「もちろん、違いますよ」
「じゃあオレの嫁になるのに問題ないな!」
「もう・・・高杉さんは強引ですねぇ」

さすがの八重も返答に困っていると、高杉君を咎める声が部屋に響く。

「晋作!いい加減にしないか!」
「うわ!小五郎!」
「・・・桂さん」

眉間に皺を寄せた桂君の登場により、
開きっぱなしだった高杉君の口が閉じ、
閉口していた八重の口元が、少し綻ぶ。

「お久しぶりですね、八重さん。
一瞬どなたかわかりませんでしたよ」


先ほどとは変わり、優しい笑顔を向ける桂君。

「はい、お久しぶりですね。
先日はありがとうございました」


八重もふわり、と笑顔を桂君へ向ける。
二人の間に穏やかな、想いあったような空気が流れる。

その様子に私の胸が一瞬、軋んだ気がした。

「小五郎!お前八重となに仲良くしてるんだ!
オレの嫁だぞ!」

「・・・高杉さんの嫁になるって言ってませんよ?」
「っがー!!!」

八重にピシャリと言われ、喚きながら高杉君は他の席へ移る。
桂君は一通りの挨拶を済ませると、用意されていた膳の前に座った。
その後、二人で話すことはなかったが・・・。
時折、八重が桂君を複雑な表情で見ていた。
私の胸の軋みが確実なものへと変わっていった・・・。

     ****

帰り路、酔っていたせいか、それとも胸の軋みを否定したい為か、
私らしからぬ発言をしてしまった。

その結果、八重が藩邸で表情を曇らせ、
そして否定したはずの、胸の軋みが深まることになるなど、
この時はまだ、考えも及ばなかった。



「・・・八重、長州藩邸へ移っても構わぬぞ?」




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