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疑 惑 〜大久保side〜





寺田屋からの帰り道、後ろを歩く八重は静かだった。
きっと、私が怒っているのが自分のせいだと思っている。

昨夜の接宴はいつになく派手に騒いでいた。
私はとっとと用事を済ませ、帰りたかったのだが・・。
そして、事もあろうにうたた寝までしていたらしい。
気がついたのは、坂本君が寄りかかって重かったからだ。

(まさか、それがこんな事態を招くとは・・・・)

昼近くにようやく藩邸に戻ると、八重が
庭掃除しているのが目に入った。
昨夜は半次郎を使いにも出せず、さぞ心配したと思う。

1日ぶりの八重に声をかけると、子犬のように
目を輝かせて来る、何とも愛おしく感じる。
ところが、近くに着た途端、様子がおかしくなる。

「昨夜はどちらに行ってたんですか?」

八重らしからぬ質問だ。
普段はあまり仕事のことを、
質問してくることなどないのに、だ。

更に近づくと、何かつぶやき、
身を強張らせ・・・私を突き飛ばし、
そのまま走り去った。

現状が良く理解できていない、私のもとに
半次郎が

「大久保さぁ、首に昨夜の戯れの跡が・・・」

そう言って鏡を見せる。

「・・・何だこれは?!」

身に覚えのない口吸いのあと。
すると彼女はこれを見て、なにか誤解したと?

(冗談じゃない!私にはまったくもって身に覚えがない)

これで八重の不可解な行動は理解できた。
あとは、あの早とちり娘を連れ戻すだけだ。

        ***

そして、今、その早とちり娘が
目の前に座っているのだが・・・。

「・・・何故、私を突き飛ばした?」
「・・・すみませんでした」

相変わらず身を縮こまらせて、顔を俯かせている。

「謝る前に、私は理由を聞いているのだが?」

八重の体がビクっと震える。
事の真相は武市君から聞いていて、
問題解決してるように見えたのだが・・・。

「・・・白檀・・・」
「白檀?」
「お、大久保さんの・・・その羽織、
白檀の香りがします。
出掛けた時に羽織っていたものと違うし・・・
どなたのものですか?」


八重は泣きそうな顔をしながら問う。
羽織・・・?
ああ、そうか、と合点がいく。

「おい、何を勘違いしているのだ?」
「勘違い?」
「ふむ・・・小娘にはわからんか。
これは私の羽織ではない」

「それは・・・わかります」
「なんだ、武市君から全て聞いたのでは
なかったのか?」

「いえ、私が聞いたのはその、キ・・
首もとの赤い印のことだけで・・・」


ようやく顔をあげたかと思えば、なんとも
困惑した表情をしている。

「この羽織・・・見覚えはないか?」
「え・・・見覚え??」

まったく想像がつかない、といった表情。

「これは桂君の羽織だ」
「桂さんの?」
「ああ、高杉君が暴れた際に酒が盛大に!
羽織に掛かり、桂君の羽織と交換したんだ」


交換するほどの事ではなかったのだが、
桂君が責任を感じて、汚れ落としをすると言うので、
交換することになった。

「じゃあ・・・この白檀の匂いは桂さんの・・・」

どこかホッとしたような、嬉しそうな顔をする。

「良かった・・・大久保さんのじゃなくて・・」

ふんわりと緊張の解けた笑顔を見せる。
今日、初めての笑顔だ。

「ところで小娘、何を想像していたんだ?」

口角を上げ、安堵している八重に迫る。

「え?!あ・・いえ、その」

鼻先が触れそうなくらいに顔を近づける。

「なんなら、小娘の想像を実演してみるか?」
「じ、実演?!いえ、結構です!!」

耳まで真っ赤にし、両手を振って抗議する。

「クククッ、ゆで蛸のようだな、小娘?」
「か、からかわないでください!」

頬を膨らまし、真っ赤な顔でそっぽを向く。
これだから、飽きが来ない。
今はまだ、これでいい。
だが八重?
その想像を『実演』される日も、そう遠くないと、
覚悟をしておくことだ。


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