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疑 惑 〜小娘side〜



近頃の大久保さんはとても忙しい。
元々忙しい人だったけど、更に忙しない。

少し前までは朝・昼を共に食事していたのに、
最近では朝、お仕事に行ったら、
夜は接宴とやらで、帰ってくるのは深夜すぎ。
初めは頑張って起きていたんだけど、

「なんだ?独り寝は寂しいか?」

と口角を上げて、からかわれて以来、
時間がきたら、お布団に入って寝ている。

最近は朝餉でも会えないことも、しばしば。
それでも、出がけには私の部屋に寄って

「行ってくる」

と声をかけてくれる。
それだけで私は1日元気に頑張れる。

でも昨夜、大久保さんは帰ってこなかった。
半次郎さんからの連絡もなかった。
私は一晩中眠ることが出来なかった。

大久保さんが帰ってきたのは
私が庭掃除を始めたころだった。

「おかえりなさい!」
「小娘、庭箒の使い方は覚えたか?」

ニヤリと笑って大久保さんが、
相変わらずの嫌味を言う。

「もう!ちゃんと出来ますって!」

そう言って縁側に駆け寄る。
・・・ふと違和感を感じる。
何かが違う・・?

「・・・どうした?小娘」
「・・・」

正体のわからない違和感・・・。
思わず黙ってしまった私を、
変に思った大久保さんがしゃがむ。

「・・・八重?」
「・・・!?」

違和感がわかった、大久保さんの羽織と匂いだ。

「・・・白檀の香り・・・」
「・・・八重?」

大久保さんは羽織に香を焚きしめている。
羽織に香を焚きしめているのは私。
だからわかる。
白檀の香は使ってない、普段使っているのは
伽羅だ。

昨日、大久保さんが出かけるときには
いつもの羽織から伽羅の匂いがした。
それなのに、帰ってきたときは香りも・・
羽織自体が変わってる!

「・・・昨日はどちらに行っていたんですか?」

心なしか声が震える。
顔を上げられない。

「接宴で小料理屋だ、酒もはいって討論が続き
こんな時間になってしまった」


目じりを下げ、口をへの字にして
ため息交じりに話す。

「八重に連絡をしなくて、悪かったな。
半次郎も都合が悪く、使いを出せなかったのだ」


そういうと、綺麗な指先で私の顎を持ち、
顔を上げさせる。
鼻先がつきそうなくらい、近づいた時、大久保さんの首に
見つけた・・・赤い・・赤い花びらのような印・・。
一つだけだけど、花弁のようにハッキリと付いている。
小娘の私にだってわかる。

”キスマーク”。

そして、むせ返るような白檀の匂い・・・

堪らなくなって、私は
反射的に大久保さんを、思いっきり突き飛ばす。

「?!八重?!」

不意打ちを食らった大久保さんは驚いた顔をしている。
私は庭箒を放り出して、藩邸を飛び出した。


     ****

「・・・で、ここに来たのかい?」

優しく頭をなでてくれるのは、武市さん。
飛び出した私が来たのは寺田屋。
身寄りのないこの時代で、駆け込めそうなところは
ここしか思いつかないから。

「だって・・・」

子供っぽい行動だって、今は反省してる。
訳も聞かずに飛び出した私に呆れているだろうか?

「八重さんは、本当に大久保さんが好きなんだね」

少し切なそうな表情で武市さんが言う。

「・・・私は大好きです、でも・・・」

所詮、大久保さんにとっては、
物知らぬ、ただの小娘のままなのかも・・・。

「・・・いいこと教えてあげよう」

武市さんが言う。

「いいこと?」
「昨日の接宴、実は僕も参加していたんだ」
「武市さんも・・・?」
「そう、そして大久保さんに悪戯したのはー」
「したのは?」
「龍馬だ」
「龍馬さん?!」

意外な答えに声が大きくなる。

「大久保さん、激務で疲れていたんだろうね。
あの大久保さんが居眠りをしたんだ」

「ええぇ?!」

隙を見せないことで有名な大久保さんが、
接宴で居眠り??

「僕は普通に起こそうとしたんだけど、龍馬が
『八重を独り占めしてる罰じゃ』とか言いながら」

「じゃあ、あのキス・・・じゃない、赤い印をつけたのは
龍馬さんなんですか?!」


すると、スパーンとふすまが開いたかと思うと
当の龍馬さんが笑顔で入ってきた。

「おお、そうじゃよ、大久保さんに印をつけたのはワシじゃ!
久しぶりだのう、八重」


とても嬉しそうに話す龍馬さん。

「龍馬さん、今までどちらに?」
「にしし、八重さんにお客じゃ!」

そういうと、龍馬さんの背後から大久保さんが現れた。

「お、お、大久保さん・・・!」
「帰るぞ、小娘。武市君、世話になった」

ぐいっと私の腕を掴んで、立たせながら武市さんに言う。

「坂本君?この件はまた後ほど・・・」

明らかに怒ってる・・・大久保さん。

「おお怖い怖い、八重さん、気をつけるんじゃぞ」

他人事のようにいう龍馬さん。
このあと、薩摩藩邸に戻ってから何が起きるのか・・・。
不機嫌度120%の大久保さんの背中を見ながら、
私は途方に暮れていた・・・。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
に続きます。
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