持ってないだろ、と。

外に出るまでそれを要する事態に気づきもしなかった私はその親切にいつもの悪態をつくことも憚られた。
何より、泥の跳ね上がったジーンズとかなり汚れたスニーカーと(こんな天気にもこの穴の開いたスニーカーを履いているなんて)、乱れて張り付くような、色の変わった前髪を見たら。

私は笑顔で突き出された傘を黙って受け取る。

ああ、たぶん。

昨夜、泣きながら誓って心の深い深いずっと奥の方に埋めて蓋をして鍵をかけて鎖したつもりだった言葉を、私はもうすぐ言ってしまうのだろうなと、傘をさしていながら濡れている目の前のどうしようもない人の、仄かに上下に揺れる肩を見ながらぼんやり思った。


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