同い年の獏良くんとは、一人暮らしなのをいいことに週末にはどちらかの部屋に通い合ってひとつのベッドで眠る仲。

いつだったか、朝から晩までベッドの中でだらだら過ごした時に、爛れているなあとしみじみ呟いたらただ笑みを返されてもやもやとした半端な気持ちになった事をなぜだか思い出し、またもやもやとする。
獏良くんの匂いのするベッドの上、ひとり壁を向いて丸くなり布団を顎の辺りに引き寄せた。
明日は二度寝も余裕で許される日曜日。昨夜寝かせてもらえなかった分たっぷり寝てやろうと深呼吸をして目を閉じる。



「…ねぇ、起きてる?」



目を閉じてから数秒もしないうちに、お風呂から上がったであろう獏良くんが寝室に入りもしないで、開いたドアの外から聞いてきたのでまた壁と見つめ合う。背中に目がついていなくても音と声でわかった。
寝てる、と動かず言うとドアが閉まりひたひたと静かに近づく足音。ルームシューズとかスリッパ履かないならカーペット敷いた方がいいんじゃないかなあ、なんて思いながら、衣擦れの音を黙って聞く。



「、そっか。残念」



それじゃあえっちできないね、と特には何の感情も感じさせない割に妙に芝居がかった声が耳の近くに降ってきて、布団の中に入ってきた冷たい空気にぞわりと鳥肌が立つ。ベッドが沈みスプリングが小さく唸った。
獏良くんはごそごそとなかなか落ち着いてくれなくて、せっかく温かくなった布団の中の空気がどんどん逃げていく。



「さむい」

「僕も」

「髪ちゃんと乾かした?」

「うん。電気消すよ」

「はーい」



獏良くんは布団を被った後も背中でしばらくもぞもぞ動いて、やっと静かになったかと思うとするりと足を絡めてきて思わずびくっと肩を揺らしてしまう。案の定それは冷たかった。パジャマの裾がめくれて少しだけチクチクした足と足が直に触れ合う。初めは嫌いだったけれど今はそうでもなくなったその感覚になんとなく照れて身を捩ると、獏良くんの手がお腹に回った。



「、ねぇ」

「なに。あ、えっちする気になった?」

「違う。なんでこんな、冷たいの」

「え?」

「足。手も。お風呂入ったのに」



ちゃんと湯槽であったまれ、と今までも何度となく言ってきたのに、またシャワーだけで済ませたのだろうか。それでフローリングを裸足で歩くなんて。
ひんやりとした獏良くんの足の指が足の甲やくるぶしを撫でてくる。めくれた裾を更に押し退けてふくらはぎまで撫でられた。密着している腰に気が気でない。



「、冷たい」

「あったかい」

「変態。セクハラ」

「僕らがただの他人ならの話だよねそれ」

「……」



黙っていると、お腹の手がやわやわと腰や太股を悪戯っぽく這う。



「ちょっと、寝れないですよすけべ」

「寝なくていいよ、休みなんだし」

「……そんなにえっちしたい、の」

「……別に」



それまでは割と楽しそうだったのにさらりとした感情が読み取れない声が返って、壁を睨むように顔をしかめてしまう。むくり、といつもの嫌な考えが首をもたげる。



「ふーん、」



ゆっくり沈んでいく気持ちに言葉も浮かんでこなくなる。なんとなく動き回る獏良くんの手に自分のそれを重ねて軽く撫でてみた。指先が特に冷たい。普段から低体温ではあるけれど、冷え性なのだろうか。なら尚更ちゃんと湯槽に浸かるべきなのに。ぼんやり考えて指をさすってやると背中に擦り寄られ、密着している場所からゆっくりじんわりと温かくなる。



「……なに?」

「別に」

「……」



獏良くんは時々こうなる。

付き合った頃からスキンシップは多かった。たまにちょっとやらしい冗談を言ったりもして、遠巻きにその姿を追いかけていた時に思い描いていた人物像とは殆ど対極的な様子に、初めはずいぶん驚き戸惑ったものだ。

慣れてしまえばどうという事はなく、冗談に付き合ってふざけ合ったり共通の趣味の話で盛り上がる時はこれ以上無いくらい楽しくて和やかで、こんな風にずっと続いたらいいなとすぐに思うようになった。

けれど時々、すっと身を引かれると言うか、身体の真ん中にぱしゃりと冷や水をかけられたようになるというか、距離感が今一掴めなくなる事がある。

楽しくお喋りしているのに、身体に触れてきてくれるのに、どことなく冷めた様な声や表情がぽろっと出てくる。それを見つけるとこれまでに見て取れた感情の認識に誤差を感じてしまい、その度にどう受け取れば良いか分からず、段々それが恐ろしくなった。

もしかしたら初めから獏良くんの心は私を向いていないのではないか、と一度考えてしまってからは、もうそれ以外の事は思いつかなくなってしまっていた。

それなりに近くに居て、コミュニケーションもとれているつもりだし、今も身体を触れ合っているのに、獏良くんが何を思っているのか分からなくなる。
顔も見れなくて、怖くて淋しくて不安に身体の中を占領されそうになる。
気持ちが分からないなんて当たり前と言えば当たり前なのだけれど、そういう事とは違う。

朝になったらこの部屋には誰も居ないのじゃないか、私が知らない間にふらふらと一人でどこか他の誰かの所へ行ってしまうのじゃないか、とついそんな事まで考える。
確かな証拠も何も無いのに、馬鹿だとも思うけれど。ああ、こんな事を話したら、それこそ呆れられてしまうかも知れない。

マイナスな事ばかりに思考が偏って、はっきりとため息を吐きそうになってしまって、ゆっくり細く息を吐く。



(ここにいて)



おとなしく撫でられているお腹の手を包むようにする。身体中のマイナスを早く払拭してしまいたい。なんだか切なくなって、甘えるような思いで獏良くんの手を握るようにした。



(どこにも、いかないで)



微かに笑う気配がして神経が後ろに持っていかれる。ひとの気も知らないで、と胸裏ひとりごちると、首にあたたかくてやわらかいものが押しあてられて。くちびるだ、と思う前に涙がちょっとだけ染み出して、ぎゅう、と目と口を閉じた。



「すき」



パチンコ屋のネオンの侵略を仄かにゆるす闇の中、タオルや布団に吸われてしまうような小さな小さな声だったけれどそれは優しくて、確かに獏良くんのものだったので、私はそれを信じるしかなく。
声では震えてしまいそうで、暗闇の中ですきだすきだと何度も何度も唱えながら手を撫でる。と、するりと手を抜かれてすぐに上から包む様に握り込まれた。さっきまでのマイナスな妄想と不安は何処へやら、嬉しくてどきどきして熱が出る。

単純で現金で妄想過多で面倒で浮き沈みの激しい自分にほとほと嫌気がさしたのも事実だけれど、今は獏良くんを丸ごと信じたいと思った。












朝に消える
(朝目が覚めたら、きっともう、全然平気)


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