海馬くんの手はとても綺麗だ。指が長くて艶やかでささくれ一つ無い。でも女性的、という感じがしないのは手のひらが大きくて関節が骨張っているからだろうか。いやそれにしても綺麗だ。
お気に入り作家のハードカバーを膝の上に置き、自分の両手をまじまじと見て絶望的な気持ちになる。指は短く、家事のせいで乾燥しまくりの荒れ放題、爪も割れそうで不恰好だ。
(女なのに……)
いたたまれなくなって袖をぐいとひっぱり手を隠すようにして読みかけの本をまた開く。
少しするとピ、という聞き慣れない電子音が、紙の擦れる音とパソコンのファンとタイピング音だけだった部屋に響いた。何の音なのかなんとなく気になってまた本から目を離す。顔を上げた正面には相変わらず綺麗な指で黙々と作業をこなす海馬くんの俯き気味な顔。
「今の、何の音?」
仕事中に悪いと思いつつ声をかけると、姿勢を変えないままの海馬くんがちらりとこちらを見てきて、ごめん気になったから、と付け加える。海馬くんは机の傍にあるハロゲンヒーターをちらりと見やって視線を手元に戻した。ヒーターの音だったという事か。
「あ、寒いの?」
「……寒くないのか」
質問に質問が返ってきたので少し驚く。普段はあまりそういう事をしないから。そういえばちょっと肌寒いかなあと答えると、海馬くんはまたヒーターを一瞥。
「これはそこまで届かん」
ハロゲンヒーターは狭い部屋なら事足りるかもしれないが、基本的に近くで当たってないと全然暖かくならない。小さめのそれはコードもあまり長くないようで、私の座っている応接セットのソファまでは届きそうになかった。普通の暖房は入れてくれないのかなあとぼんやり思いながらあー、だろうね、とぼんやり返事をしたら海馬くんの眉毛が不機嫌そうな形になった。私の眉毛は困った形になっただろう。何か気に障ったらしいけど、わからない。
「あの、」
「俺は今手が離せない」
「あ、うん」
「貴様が寒いなら、勝手に」
ぎこちない表情と色づいて見える頬、段々歯切れの悪くなる声を聞いたら何が言いたいのかたぶんわかってしまった。もうヒーターなんか要らないくらいになった。
「勝手にしろ」
何その言い種。優しいんだか何なんだかわかんないよ。
嬉しい可笑しい恥ずかしい、いろんなものが込み上げてきて仕方なくて本で顔を隠すようにした。こそっと海馬くんを見ればなんだか落ち着きが無いように見えて口元が緩む。
(なんだろうねこのひとは、ほんとに、もう)
あと十秒数えたら隣に行ってやろうかな。本の影でそんな事を考えてニヤニヤした。
What A Sweet!
(結局待ちきれなくて五秒までしか数えられなかったけど、海馬くんは何も知らないから、いいんだ)