次の連休は帰省するというメールを貰ってから毎日一度はどこかで思い出していたのに、その当日はうっかり忘れていた。
突然ぐずついた天気に舌打ちしながら洗濯物を取り入れ、なんとなくケータイで時間を確認してはっとする。

あいつ、今日帰って来るって。
確か五時過ぎに着くやつって。

もう一度ケータイ、それから窓の外を見る。ぱらつく程度だったものが大きな水のつぶてとなってザアザア、パシャパシャと鳴いていた。

あいつ今――。

頭の中に顔を思い浮べたまま、咄嗟に身体が動いていた。床にだらしなく脱ぎっぱなしにされてあったシャツを羽織ってどたどたと大股で玄関へ向かいスニーカーに足を突っ込む。棚に引っ掛けた傘を一本掴んで玄関を出たところで鍵を忘れた事に気づいて慌ててターン。棚の上にあるそれを乱暴に引ったくって急いで鍵を掛け、錆だらけのアパートの階段を駆け降りた。

道路には既に水溜まりが幾つもこさえてあった。他に通行人もいないからと走る足を緩めず遠慮なく踏み込めば派手に飛沫が上がる。スニーカーはすぐにグジュグジュと不快な音を立てるようになった。靴下もジーンズもずぶ濡れだ。
途中信号にぶつかって一息ついた時に、自分が傘を一本しか持っていない事にようやく気がついた。ただ財布を忘れた事にも気づいた。せっかく丁度コンビニ前の交差点なのに、と苦し紛れにジーンズのポケットをまさぐれば硬くて丸い感触。急いでビニール傘を一本買って道路を渡り、また走り出す。

どうしてこんなに急ぐのか自分でもわからない。待っていれば帰って来るし、迎えなんか要らないはずだ。傘だって駅に売っているだろう。頭ではそうわかっているけど、引き返す理由にはならない気がした。
引き返さない理由を考える時間はこの時は無かった。

駅前は人が多い。
色とりどりの傘がぞろぞろと思い思いに移動していてなかなか行きたい場所へスムーズに動けない。少し焦れる気持ちに眉を無意識にひそめながら顔がわかる位の位置で出てくる人人を見やる。

少し大き目の荷物を持っていたその人は、見ればすぐにわかった。前に何度か見た事のある明るい青と白のボストンがすぐ目に飛び込んで、無意識に笑う。

突然目の前に現れたら、どんな顔すんだろな。

そんな子供じみた事を考えて、左手にずっと握っていた青い傘をなんとなくシャツで拭った。


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