不意に視界に違和感を覚えることがある。見慣れた景色に紛れ込む異物に気付くような、奇妙な感覚だ。
 バスで前の席に座ったポニーテールの女の項をずっと見ていると、見ず知らずの赤の他人でしかないその女を昔から知っているような気になる。
 そんな、既視感のような眩暈。

 遊馬といるとそうした感覚に陥ることが屡々ある。
 豪快な寝相を晒して我が物顔でベッドを占領する暴君。近頃よく見る光景だ。
 閑散と一年分な埃に埋もれていた部屋に手を入れたのは決闘すれば仲間だなんて無茶な理屈を通す奴が押し掛けてきたせいだ。無遠慮に人の領域に踏み込んで居座って、居場所を確保する。お陰で最低限の必需品しかなかった部屋に年頃の子供らしい本やゲームが 置かれるようになった。寝に帰るだけだからと放置していた万年床も週一で洗濯機にかけるようになった。
 遊馬が居場所を作れるように。少しでも過ごしやすいと感じるように。少しでも長く滞在したいと思うように。
 遊馬が欲しいと言ったゲームや本は片端から揃えた。遊馬が泊まる時不快に感じないよう布団もシーツも常に清潔に保っている。
 他者の来訪を頑なに拒んでいた黴臭い居城は今やただ一人の人間を繋ぎ留めるためだけに簡単に様相を変える。詰まらない部屋だと退屈して見限られないため、ありったけの媚態で誘って囲い込んでみせる。
 遊馬が、凌牙の部屋に欠かせないパーツとなったのはいつからだろう。
 初めて部屋にあげた時、嫌だと突っぱねる凌牙に、お前の家に遊 びに行きたいとひつこく食い下がるものだからうんざりして今日だけだぞと条件付きで承諾したのだ。部屋に人をあげるのは嫌いだった。家を見られるのもいやだった。
 凌牙の存在に怯えて金だけ渡して追い出そうとする両親と冷たい空気に触れられるのが嫌だった。遊馬のように家族のことを暖かい目で語る存在には、尚更。
 それでも強引に押し入ってきて居着いた存在に執着を自覚したのはつい最近だ。
 空調のきいた部屋で汗をかくほど決闘に熱中して疲れたと言って勝手に寝る。そうして生まれた白い真空に俺は溺れて呼吸の仕方を忘れた。
 仄暗い海底に行き場のない想いが砂塵を起こして蟠っている。
 孤独感に苛まれて暴走して、それが無邪気に懐いてくる後輩の存在で呆気なく救 われるだなんて。典型的な安物の茶番に自嘲が漏れる。
 それでも幼く打算のない遊馬の気紛れに敏感に対応し適応し、籠絡しようとする自分はひどく無様で救えない。
 そうとは悟られないよう媚びてその一挙一動に熱い視線を注ぐ自分は余りに女々しくて、けれど傍にいたいとかその他大勢から引き剥がして自分だけのものにしたいだとか、自分だけを見て欲しいだとか、どうしようもない欲望が心臓から指先までをじりりと焦がす。
 一層女にでも生まれていたかった。恋人になりたいだとかそんな欲求以前に、女ならば遊馬がこの部屋に入り浸ることに特殊な意味を見いだせたのに。金魚の糞みたいにまとわりついてくる幼なじみの女も牽制できたし、公衆の面前で遊馬がじゃれついてくる所作にも 色がつくのに。
 そんな甘い空想に耽るほど頭のイカレた自分に絶望して、ああ死にたいなと凌牙は呟いた。

 遊馬、遊馬遊馬。
 お前の名を呼ぶこの声がもっと甲高くて色めいたものならお前は俺を意識しただろうか。こうやって無防備な寝顔を晒しただろうか。
 お前の匂いが染み着いたこの部屋は密林のように暑く深海のように、苦しい。


「なあ遊馬、俺はお前の手込めにされたいんだ」


 遊馬の背中にぴたりと額をつけながら口の中で小さく呪詛のように唱えて、凌牙も目を閉じた。瞼は裏まで冴えきって眠りは遠い。






ガール





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