「自分がもう一人いたらいいのにって思ってた」

 声がこもって聞こえる。
 頭からつま先まですっぽり毛布で覆われている中での夜だ。顔が近い。吐息も鼻先も触れ合っている。視界は暗色に閉ざされているのに密度と体温が濃厚だから触覚が敏感になる。肌から世界を探ろうとしている。
 赤く擦れた手首を気まぐれにいじりながら、秘密めかして夜の談義に臨む幼児のように声を潜めて話す。釣り上げた唇の端に悪戯を乗せて、その瞳が嘲笑う。

「抱きしめて頭を撫でてキスしてべたべたに甘やかしてやるのに。無条件に肯定して慈しんで受容して赦免して愛して愛して愛してやるのに。きっと俺は何も返さず、それを苦に思うこともせず、ただ俺の傍にいてくれる」

 都合がいいだろ?

 ニヒルに片眉をしかめて笑う。
 密閉された空間に自虐の色が満ちる。先刻、蜜事の際には散々嗜虐をバラまいたら口が今度は自分自身を噛み裂いている。つくづく奇矯な存在だと思う。
 常に誰かに噛みついていないと口寂しいらしい。

「君は甘やかされなくていいのか?」

「俺はする方でいい」

 一瞬、ちらりと拒絶の影が横切った。自分から持ち出しておいて、面白くない部分を踏まれると身を翻す。
 仄暗く柔らかな密室でとんだ茶番だ。
 この手をすり抜けていく感覚、非常に面白くない。面白くないからこちらからも噛みついてみることにする。

「十代」

「ん?」

「君は、今もそれを思っているだろう」

 言った直後、僅かに彼の瞳孔が見開かれて、すぐに冷たい無機質と化す。瞳の感情を削ぎ落としたまま艶容な微笑で皮相を繕う。本格的に機嫌を損ねたらしい。
 後悔と愉悦が同時に背骨を疾った。本能的な恐怖と優越感と愛おしさに似た征服の酔いが。
 手首の痣に深々と爪を食い込ませて首筋に舌を伸ばす姿を認めて、病的な恍惚が残った。

 彼の骨を噛んだ感触がする。


until dawn




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