赤は彼が好む色だ。
自らトレードマークとするのは赤いジャケットだし、決闘者の命たるデュエルディスクにも象徴的に赤が配されている。学生時代は赤の名を冠した寮に所属していたらしい。
だから彼が、十代がその爪を赤に彩っているのも至極当然だといえる。
毒々しいまでに赤く滑るそれが、繊細に妖艶に足の爪を装っていく。
細く長く、けれど骨ばって男らしい指が、白くあどけない足を恭しく持ち上げて、朱を走らせる。
ベッドに寝転んだ十代に膝枕しながら前髪に触れると、彼は艶容に唇を歪めた。つり気味の目を気持ちよさそうに眇めて、その所作だけでもっとと強請る。十代に触れる時は手袋を外さなければいけない。無骨な手は嫌いだという。
自らに触れる者を選定するような尊大さに、眩暈がするほど色香を感じた。
だからあの男もあんなに綺麗な手をしているに違いない。十代は彼の手を気に入っているようだから。遊星といる時ですらあの男の指を舐めたり食んだりかじったり、兎に角気の済むまで弄っている。
その指が今十代の足の爪一枚一枚に、至極丁寧に赤を施しているという、倒錯。
「終わったぞ」
事も無げに告げて、男が顔を上げる。長い金糸が肩から流れて震える。床にしなだれていた髪がずるりと蠢いて、立ち上がった彼に従う。
きゅるりとマニキュアに蓋をして、男は役目を終えたとばかりに下がった。
「ん、ありがと」
十代が跳ねるように身を起こす。擬似的とはいえ遊星との間にあった甘い空気を壊されて、少し面白くなかった。
自らの手で爪の周りをなぞりながら具合を確かめる横顔に抱きついた。遊星は甘えただなーなんてきらきらと笑うのが恨めしくて、空いた首元に吸い付いた。
やっぱり彼はきらきらと笑うだけだったけれど。
「十代触るなよ」
「さわんねーよ。相変わらず器用だよな。つかすっげー神経質?全然はみ出さないし、完璧に整ってるし」
「君が大雑把なだけだ」
窘めるように割り込んできた声に、また奪われる。
粗雑なやり取りなのに十代の声は自然と甘さをはらむ。彼がお気に入りに使う声音だ。
十代は愛玩対象にはあからさまに態度を変える。
遊星がこんなにも密着して悪戯しても、十代の意識はあの男にしか向かない。面白くない、こういう場で自分の思い通りにならないのは何より面白くない。
「拗ねるなよ、遊星」
十代が、遊星の手を取って舌を這わせる。宥めるような言葉と裏腹にあの男に対するのと同じ悪戯に、彼の悪意が透けて見える。
本当に、底意地の悪い人だ。
ニヤリと嗜虐の色に遊星の表情が歪む。欲を象った瞳が挑発的に十代を見る。
すっ、と。鮮やかな手つきで十代を引き倒した。肩を押さえつけて手首を取る。
「どっちがいいですか」
「どっちでもいいよ。お前はどっかの童貞と違ってどっちも巧いし」
そう言って横目で男を流し見る。してやったりとした十代の表情から、男が苦々しい様子をしていることが窺えた。
視線を逸らされたのが気に食わなくて、噛みつくようなキスをした。荒々しく蹂躙して吸い上げて、最後に唇を噛み切った。
ビクリと彼の身を震わせたのは、痛みと快楽。
口端から伝う血を舐め上げて囁いた。
「上がいいです。痛くしたい気分なので」
「お前ってたまにドSだよな」
「貴方には適わない」
「自信ないのか?」
好色な瞳が誘うように見上げてくる。組み敷かれて尚支配者然とした態度を崩さない。この人はいつだってそうだ、遊星なんて子犬がじゃれつく程度にあしらわれてしまう。
ああ、どうしようもなくぐちゃぐちゃにしたい。
「気持ちヨくしてあげますよ」
胸中で黒々としたものが蜷局を巻く。彼に対峙するとき、本能の内で叫ぶもの。彼に、十代に向かう生々しい欲情が。
なのに、
「ああ、いいぜ。たのしませてくれよ」
婉然と微笑む悪魔は、赤い。
上体を屈めた遊星の腹を膝で押し留めて、十代は眉根を下げて困った顔をする。
「でも、コレかわいてからな?」
そう言って身を起こした遊星の肩に足を押しつける。
ああ、はい。とぼんやり呟きながら遊星はその足首を取った。
並んだ五つの赤い爪。綺麗に切り揃えられて塗り合わされた。
羨望と嫉妬と尊敬と親愛と愛憎の欲を込めて、親指の付け根に唇を。
-nobile punta del piede-
高貴なつまさき