「ダンテ」
「何だよゴキブリ娘」
「黙れよホモ。犯罪者。またミニSD忘れてたわよ。これないとご主人死んじゃうでしょ。中身のデータ的な意味で」
「死んでいいんじゃない?」
「は?」
「何でもない。つーかそれ触りたくねぇからあんま近付けんなよ?」
「何でよ我が儘野郎。受け入れやがれよ」
「イヤだよ穢らしい。だってそれは、」
アイツのデータがたくさんつまってる。
声には出さない言葉の続きを察した妹が渋面を作る。なまじダンテにも阿修羅にも想いを抱く分葛藤があるのだろう、が。
(俺の預かり知るトコじゃない)
「なあ我が愛しのベアトリーチェ、兄さんはお前にもあまやかな愛を注ぎたいと常日頃思っているわけだが」
「アンタってそういう気持ちの悪い嘘つく時は無駄に饒舌よね」
「お前の幼女とは思えぬ下品な口汚さもそれなりに愛してるよ。…だがまあ、その為には視界を明瞭にしておきたい。お前への愛に曇りのある現状を兄はとぉーっても心苦しく思っていてだなぁ…」
深い藍色の髪に縁取られた白い頬を包み込んで、慈しむように目を細めて、幼い輪郭を閉じ込めるように、囁いた。
――アイツのトコロにはもう行くな――
「…残念ね。アンタとはやっぱりまだ分かり合えそうにないわ」
にべもなく言い捨てた妹に苦笑を零して、けれど未練もなく身を離す。
「クズ妹の心が他の男にかっさらわれて、兄さん泣いちゃいそうだよ」
「一人で泣いて喚いて悦に浸れ下衆の変態男。っていうかまたカノン君のとこ行くの?ストーカー?」
「失敬だなドブネズミ野郎。カノンが俺のいない間に迷惑メール受信しまくってるからそれを消去してやろうとだな」
「業者に嫉妬してんじゃねぇよナメクジ男。アンタだってメルマガとか大量に受信してるくせに」
「カノンはまだ純粋無垢だから俺が色々教えてあげないといけないのだよ。解ったかゲンゴロウ娘」
何一つとして解る要素がねぇよ、と、罵倒を続けようとしたベアトリーチェの眼前からダンテの姿が掻き消えた。黒い余韻を残して、たった一人の愚兄は白い恋人の元へ発ってしまった。
「…全く面倒くさい人なんだから。つーか結局SD置いていきやがったし」
脳裏に浮かぶのは赤い笑顔。愚兄が徹底的に嫌悪し憎悪を向ける、愚兄の先代。愚兄の性格が婉曲することになった遠因でもある人。
SDカードには彼の記憶が詰まっている。楽しかった頃の記憶が。友人とはしゃぐ彼の記憶が。
「…アンタにもあんな風に笑ってほしいのよ」
恋人との二人きりの世界に閉じ籠もるのではなくて、赤い髪の彼が享受したような、誰かに開けた世界を生きて欲しい、と。
ぼんやりと藍色の少女が願った想いは何処へも表されずに電子の狭間へ霧散した。
気がついたら罵り愛な兄妹になっていた二人
リーチェが一番突っ込みたかったのはゲンゴロウ娘の部分