あれは白。あれは人。あれは紙。あれは文字。あれはペン。あれはゴミ。あれは命。あれは機械。
ひとつひとつ、対象を指先で辿りながら、ゆっくりと、刻み込むような声で情報を与えていく。腕の中のカノンが拙い発音でそれらの単語を捉えて反芻する様は健気だ。
背後から抱え込む形で密着した体から、音が微弱な振動となって伝わってくる。温もりにも似た体感がカノンの命の証左のようで、無性に感動して泣きそうになる。ダンテが、一人ではないことの証だ。
「ねぇダンテ」
「ん?」
やおらカノンが首を巡らせてダンテを振り返った。ダンテを信用しきった表情が嗜虐心の片隅をつつく。
「アレはなんていうの?」
「アレ?」
「んーと、アレ。ダンテがいつもしてくれるの」
小首を傾げて逡巡した後、自らの額に手をあてがった。その所作に合点のいったダンテが、柔らかく微笑んで顔を寄せる。カノンの前髪をぞんざいに鼻先でかき分けて、額と指先に軽く唇を押し当てた。
「これは、キスっていうんだよ」
「きす」
「そう、キス」
一旦身を離しカノンと正面から向き直るようにして、ダンテが目を細めて呟く。
「カノンを愛しい、大切にしたいと想うからする行為だよ」
「愛しい?ダンテは俺のこと大切なの?ホント?」
「ああ、」
真っ直ぐ見つめた瞳に滲む僅かな喜色と期待と不安。その奥にある純粋さにぞっとするくらいの悦楽を感じる。
視線を外さないまま顔を寄せて、蒼白な唇に親愛を込めた痺れを送った。
「大切だよ。大好きだ。俺の世界はカノンだけでいいって、そう、思うくらいに」
真摯に告げれば破顔する表情。喜びのままダンテの首に飛びついてくる幼さ。その全てが愛おしくて、もう一度その行為を繰り返した。
君の唇に剃刀を添えて、
「ねぇ、俺からダンテにしてもいい?」
「うん。たくさん頂戴。たくさんたくさん、俺とカノンの境目がなくなるまで」