刀語終了後
若干否定姫→とがめ






「七花くぅーん、七花君てばぁ…もう、相変わらず勝手に進んじゃうんだからぁ」

 峠の茶屋を出て四半刻。男の、しかも虚刀流当主の足では相当な距離を離されてしまったろう。自分が影従することを疎む傾向にある彼ならば、尚のこと。

「また探すのに骨折らなくちゃいけないじゃなぁい。いつまで強情貫くんだか…ああ、でも。まあ。それは私も同じ、じゃなくもなくもないかしら」

 平和ぼけした鳥の鳴き声が木霊する木立の中、ただ一人呟いた。
 思考を掠めたのは記憶にある不愉快な顔。いつの間にか短くなっていた白髪。初めて会った時から幾年の間、鬱陶しいからとっとと切れと何度も胸中で毒づいた。なのに久々に不愉快な顔を見せに来た時綺麗に肩口で切り揃えられているのを見た時、僅かな苛立ちが神経をぴりりと灼いた。
 年に不相応な幼い容姿が癪に触るのだと、誰にともなく言い訳を練った。何故だか十八番の否定を用いる気にはならなかった。その苛立ちを否定することは新たな波紋を心に生むような気がしたから。
 それが嫉妬だと気付いたのは不愉快な女の死を知ったのと、どちらが早かったか。
(あの不愉快な女のことね…嫌いじゃ、なくもなくもなかったわ)

 私の知らない世界で勝手に自分の復讐に命を燃やしていた女。私の手の届かない場所で何度も出会いと別れを繰り返して心を磨耗させていった女。私の許可も得ずにバッサリ髪を切った女。
 日中にあっては陽光に煌めくこともなく、宵には黒の静けさに溶け込むことも出来ず排斥される、痛んだ白妙の長髪。世界から置き去りにされたような色合いは嫌いではなかったような気がしないでもない。

(私と似ているようで、気に入っていたわけでもなくないけど)

 殺せと命じた。叶うかどうかなんてどうでもいい一族の悲願の為に。その布石に。最後の一手のために。
 二度と戻れないように。
 この世に未練も後悔も無念も本懐も何もかもを残して呆気なく死んだ、莫迦な女。
(唯一の好敵手で唯一対等に張り合える相手で唯一、……)

「なんて、そんなこと思う訳ないじゃない」

 寂しいとも悲しいとも思わなかった。胸に去来する思い等何一つなかった。
 ただ漠然と、切り捨てられた髪の一房でも拾って後生大事に墓まで持って行ってやりたくなった。

(あたしなんかと添い遂げるなんて、さぞかし不愉快極まりないことでしょうね)

 益体もない空想は蜜の味がした。死後の道行きにまであの不愉快な白妙を伴うなら、退屈な地獄谷も多生は色づくだろう。果ての輪廻まで、絶望的なくらいあの女を独占してやるのだ。この懐に、私の心臓に一番近い秘所に仕舞い込んで、――それはまるで想い人を監禁する狂執に似ている。
 思えば思うほど、永遠に喪失された髪の一筋まで惜しく、途方もない空虚が襲う、訳がない。
 もう二度と手に入らないのだ。否定することも出来ない、届かない世界に散ったあの女のモノは。

「あーん、もうこんな事してたらどんどん七花君に離されちゃうじゃない」

 斜に被った面を直して、葉末に重なる陰翳の彼方を見やる。
 見えない男の背中と咲いた黒髪が陽炎のように揺れて、ああその手があの女に、あの女の髪に何度触れたのかと知る術もない焦燥に急かされて、足を早める。
 あの寝首を掻いてそっちを抱いて土に埋まろうか。代替品としては高くも安くもないが、相応ではあるだろう。

世界が知らない私だけの秘密。
其れさえも私は否定する。


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