人の目にあり余る光が溢れていく。網膜を焼く苛烈な白。目蓋を閉じて尚一枚皮の向こうから透ける熱が痛い。
 体組織が焼失する。痛覚さえ間に合わぬ速さで、自らの命が消失していく。思考すらまともに働かぬ様態だったが、何故か冷静に現況を俯瞰していた。
 命の散り際など所詮こんなものか、と。肩透かしを食らったような気分さえ覚えながら、思考の完全な断絶を待った。穏やかに。

 けれど。

「ほんとにいいのか、これで」

 黎明のような声だった。
 彼方から耳元で響く、それは甘やかな露を舌で転がす悪魔の声に相違なかった。

「面白くないだろ。こんなとこで終わるなんて。未来のために自分の現在を犠牲にして、すり潰して。そんなじゃ」

 この世の悦楽をなにひとつ知らずに死んでいくなんて、

「その意志があるなら俺と一緒に行こう。見たいだろ?お前の屍の上に成り立つ新たな未来を」

 五感もなく腕などとうに消し飛ばされたというのに、確かにこの手に触れる温もりを感じた。温もりと呼ぶにはぞっとするほど冷え切った人間の体温だった。触れた瞬間血管を駆けた電流のような衝撃に、反射的に強くその体温を握り返していた。つよく。
 見えない目を、聞こえない耳を、感じない皮膚を、その全てを超越した感覚で、悪魔が深く歪み笑んだ事を知覚した。

「歓迎するよ、パラドックス。これから楽しくやろうか?」

 愉悦の滲む酷薄な声音を聞いて、嗚呼、もう戻れないのだと、どの時代よりも最も深く、絶望した。

ひとひら ひとふみ
灰散る如く


「という遣り取りがあったのだがどうせ君は記憶していないのだろうな」

「あー…うん、さっぱり思い出せねーや」

 悪ぃ悪ぃと悪びれた様子もなく頭をかく十代に、パラドックスが疲労の滲む溜息を吐く。
 別に期待していたわけではないが、それでも思うところは色々とあるわけで。

(意識朦朧としていた私がこんなにも鮮明に覚えているというのに何故彼はこうなのか)

 胸にムカムカと不快感が湧く。が、それを内に抑える程度にパラドックスは大人だった。
 大人だったはずだった。

「君はいつか背後から刺されるだろうな」

「そりゃねーだろ。ユベルだって相棒だっているし。そもそもそれくらいじゃ死なねーだろーし?」

 にやにやと意地の悪い笑みを向ける十代を半眼で睨みつけて、歯噛みする。やりこめられたようで非常に面白くない。

「まあいーんじゃねぇか?俺も今は楽しいし、アンタも今は楽しそうだし」

「私の何処を見ればそんな台詞を吐けるものか懇切丁寧に教えていただきたいモノだね」

「だってお前今デュエルしてる時笑ってるぜ」

 事も無げに呟かれた言葉に、虚を突かれたように黙り込む。呆けた表情をさらしたまま静止するのは、無表情を繕うパラドックスの常には見られない失態だ。内心だけで密やかなガッツポーズを決めて、十代が畳み掛ける。

「お前さ、初めて会ったすっげーつまんなそうにデュエルしてたじゃん。なんつーの、デュエルの楽しさなんて全然知らないみたいな顔してさ。それってすっげー勿体ねぇなって思ったから。折角デュエリストなんて天職に就いてんのにさ、そんなの勿体なさすぎるだろ」

 十代が一人語りいる間、パラドックスは沈思しているのか無反応を貫いた。俯き加減になると奇抜な形状の前髪が邪魔をして表情が窺えない。
 暫時の間を置いて、パラドックスが顔を上げた。

「……つまりアレかね、君の言うこの世の悦楽とは」

「ん?デュエルに決まってるだろ」

 きらきらと周囲に光でも飛ばしそうな無邪気な笑顔で十代は言い切った。余りの眩しさに眩暈さえ覚える。
 パラドックスががっくりと肩を落として額に手をやる。こめかみにずきずきとした痛みが走る。心なしか胃痛もする。ような気がする。きっと気がするだけだそうに違いない。
 己自身に強く言い聞かせてふらつく足を踏み留まらせた。

(というかやはりばっちり覚えているのではないか…)

 物凄く下らない事で陰鬱に堕ちた自らの気分に憂慮する。未だこんな些細な言動に翻弄されるなど、屈辱さえ通り越して屈辱的だ。

「お前がデュエル中以外でも一人で百面相出来るようなって俺はほんと、嬉しく思うよ」

 背後に暗雲を背負ったパラドックスと対照的に、春の花が咲くような笑顔を煌めかせる十代。
 本当に、面倒臭い選択ばかりしてきたものだ、と不運な身の上を嘆いてみる。

「なあなあ、暇だしデュエルしようぜ!昨日新しいデッキ組んだんだ!」

「私は絶望の機皇帝デッキ止まりなのだが」

「絶望の連鎖デッキか。ペガサス会長も実戦投入するならもっと考えてカード作って欲しいよなー特に神とか」

「何とかの翼神竜の名前など出すなよ。あれは存在自体が事故だからな」

「お前それ冥界のマリクさんに言ってこいよ」

 わいわいと他愛もなく午睡の一時が過ぎていく。
 色々と凄惨すぎる過去と未来について思うことはなきにしもあらずだが、それでも。

(ぬるま湯の拷問に慣れてしまった)
(甘露の毒が心臓に回ってしまった)



雪華懺悔心中




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