拳銃を持って拳銃を持って
世界を撃ち抜け
「幾億光年の孤独はどうすれば奪われるかな」
「奪われたいのか」
「出来ることならな」
寂寥に陰る苦笑を一つ、夜風に浮かべて彼は目を伏せた。
吹きっさらしの野原で夜露を浴びているにも関わらず、冷気も湿気も体感しない。手の下に敷き潰した草も土も立体映像以上に現実感がない。天上の暗色に散った星は乱雑に子供が絵の具を飛ばしたような薄っぺらさだ。
彼の精神世界では彼が望んだ世界が再現される。彼の可能な範囲で。
自然の生々しい感触も忘れてしまったのか。それとも恣意的に無機質を塗装したのか。真意は推し量れない。
「ヒーローは天職だと思ってるよ。楽しいし刺激的だし、何より俺がいないと世界が成立しないなんてこの上ない優越感に浸れる。でもたまに思うんだ。あー疲れたなぁって。たまーに休息が欲しいなーぁ、なんて。だって戦隊モノとかさ、戦いの前に日常パートが挟まれるじゃん。つか穏やかなシーンとのメリハリつけてこそバトルパートの臨場感がだなぁ」
吶々と、彼は語る。
眼前には円形の簡素な舞台が設えてある。彼の好む、ヒーローショーなどが催されるに都合のいい形だ。暗渠に包まれた世界で偽物のようにぼんやりと白く佇んでいる。
いや、この世界そのものが偽物か。
「舞台から降りたら日常があるはずなんだ。俺には見つけられない」
彼の目が円形の舞台を捉える。舞台はこじんまりしている割にはそれなりの高さがあり、降りるための階段がない。
「昔は確かにあったんだけどなぁ、いつのまに亡くしたんだか」
「羨ましい限りだな」
ふんと鼻を鳴らして茶化せば、彼も愉快そうに小さく嘲笑を返した。誰に対するモノだったのか。
一旦目を伏せて、再び開けると舞台に少年が立っていた。黒衣に金瞳の、彼と瓜二つの。
何か口ずさんでいるのか、無表情のまま口だけを動かしている。決して小さな音量ではないのに、どんな声音かも判別出来るのに、何故だか歌声は届いてこなかった。
「えらく自虐的な見せ物だな」
「可愛いだろ。昔の俺は」
「今より幾分か廃れていないように見える」
「失礼だな。今だって俺はぴちぴちの若者だぞ。見た目だけは」
「私より長く生きてしまったくせに何を言う」
「あー、そだっけ?」
「そうだ」
「自分の歳なんてめんどくさくて数えるのやめちまったからな…それにどうせ」
――もう俺の時は動かないから――
頭の後ろで手を組んで、彼が上体を倒す。ぽふりと現実味のない柔らかな音がして、嘘の咲く草原に埋まる。
舞台では相変わらず彼に似た、彼より幾らか幼い少年が透明な声を張り上げている。
悲壮感はないのに何故だか泣きそうだな、と思った。どこまでも感情を窺わせない無味無臭な表情と所作だったが、鳶色の髪の一房が揺れ、胸に当てた手の僅かに揺れる、その一瞬一瞬に哀切と郷愁が香った。
「大事なことを一つ、教えてやろうか」
「んー?」
少年の歌が終わりに差し掛かったのか、一層力強く歌声を響かせる。
「ヒーローに休息が許されるのは、仲間がいるからだ。支え、助け合える仲間が」
暫時、時が静止した。
舞台上の少年が世界の果てまで伸びやかに、穏やかに、歌を届ける。
彼が静かに目を見開いて、言葉をなくす。
アン ドゥ ジ ラ
「ああ、そうか」
歌を終えた少年が、人差し指をこめかみにあてがう。金色の瞳孔がぱちりと一度きり瞬いて、そして頬に水滴がはぜた。
ぱらぱらと白面の舞台に落ちたそれらは直ぐに散失したが、刹那照明に煌めいて鮮やかな軌跡を残した。
「俺はひとりきりだものな」
ばん!
演 劇
テ レ プ シ コ ー ラ
「それでは皆さんさようなら」
舞台で 彼女は 微笑んで
頭に 銃を 突きつけた
「…それでも今更孤独を嘆くのか。人間さえ辞めた君が」
天も地も広大な劇場。無人の舞台。観客席には一人きり。豪奢なシャンデリアは飛散した鮮血をぬらりと照らす。
真っ赤な服を赤黒く染めて、オッドアイに薄い膜を張って、縋るように抱き止めるように腕を広げて、彼の骸が戦慄いた。
「さみしいんだ。なぁ、たすけて、たす」
聞くに耐えない哀訴を止めるため、その唇を、塞いだ。
永遠に。
演劇テレプシコーラ
song by ハチ