ばさり、と叩き付けられた電子文字の束が足下に散らばっていく。
十七夜は酷く不機嫌そう。
阿修羅は呆けた表情のままそれを見上げている。
「これ、お嬢様から、あんたのご主人宛よ」
真冬の風のように肌を裂く冷たい声と冷たい視線を放り投げて、十七夜は踵を返した。
相変わらず、阿修羅はあぐらをかいたままぼんやりとしている。
(…なんか、怒らせたっけな?)
散乱する文字を適当に掻き集めながら記憶回路を探る。思い当たる節があるようで、ない。
そもそもが十七夜の機嫌を損ねない方が難しいのだ。自分には。
騒々しい足音を視線で追えば、肩を怒らせて去り行く十七夜の後ろ姿。思えば阿修羅が見る十七夜の姿は不機嫌そうなものばかりだ。
阿修羅はやおら立ち上がった。
「…カナ!」
指の隙間から拾い上げた文字が再び零れ落ちていく。それにも構わず阿修羅は声を張り上げた。
十七夜がびくりと肩を震わせて、肩越しに横顔だけで振り返る。
阿修羅は一呼吸置いて、静かに十七夜の瞳を見て言った。
「ありがとう」
精一杯の柔らかな声音を捻出した、つもりだったが果たして十七夜に伝わったかどうか。阿修羅がどのような態度でいようと、その全てが憎いとでも言いたげな十七夜に対して、事態が好転するなど楽観視は出来なかった。
それでも何となく、言わなくてはならない気がしたのだ。この機を逃してはいけないと。
だから阿修羅は言葉を紡いだ。それが電子空間の狭間に消える形のないものと知っても。
「また、俺からも届けるな」
「…っ、当たり前でしょ!お嬢様への文なんだから、またエラーなんかになったら殴るわよ!」
びしり!と惚れ惚れするような美しい角度で指を突きつけて十七夜は怒鳴り返した。うっすらとその頬が紅潮しているのが見えれる。
阿修羅がああ、と頷く頃には既に十七夜の姿は掻き消えていた。
だが不思議と寂寥感は、ない。
「…早くマスターに返事認めてもらわねぇとな」
意気揚々と呟いてまた、阿修羅も足取り軽やかに主の元へと戻っていった。
ようするにただの青春