「もう他人に心が筒抜けになることを怖いとは思わない」
 
「何故?」
 
 真紅の瞳が静かに此方を見据える。穏やかに凪いだ優しい水面を湛えて。
 
「其れを恐怖する理由がなくなった」
 
 嘘のない言葉が真正面から私を貫いた。
 それはまるで弾丸のようで、掌のようで、砂糖菓子のようで。
 
「…そう。良かったわね、随分と楽しそうで」
 
「楽しい。此処に居るのは本当に楽しい。けれど一抹の寂しさを感じない訳ではない」
 
 瞠目して紅葉色の瞳を見遣る。まさか彼が、私を邪険に扱ったあの紅穂が、此処まで本音を晒してくるとは思わなかった。この私に。
 
「…今日はやけに饒舌ね。しかもこれまた随分と素直なことで。
どういう風の吹き回し?
あたしなんかにそんなこと言って、何を企んでるの?」
 
「言っただろう。恐れる理由がなくなったと」
 
「……はっ」
 
 鼻で笑って自嘲を吐き捨てた。
 紅穂の言葉は何処までも真っ直ぐで険がない。ひとつひとつの言葉に、確かな彼の誠意が感じられる。無駄に言葉を重ねて追い立てようとした私の方が余程滑稽でならない。
 いつの間にこんなにも丸くなったのか、このガキんちょは。
 
「…あんた、変わったのね」
 
「俺は子供だ。子供は大人の知らぬところで勝手に成長するものだぞ」
 
「その言い方ちょっと可愛くないわよ」
 
「俺に可愛いげはないからな」
 
「あのケレスってこにはよく可愛いって評されてるみたいだけど?」
 
 にやりと意地悪く笑んでみせれば、視線を逸らしてむくれた幼い横顔。
 懐かしい表情を引き出せて、少しの満足感。
 
(あんたはやっぱりそういう仏頂面の方が似合ってるわよ)
 
 嫌な大人だと自負しているが、それ故に可能な駆引きもあるのだ。
 自分にはそういう役回りが相応しい。
 
「じゃあね、今回のあんたについての報告も微に入り細に入りちゃんと彼の方に伝えさせて貰うわ」
 
「………好きにしろ」
 
 ニッ、と嫌みな微笑を残して捨て台詞と共に宙へ飛び立てば、背中越しに拗ねた幼児のような声。それを確りと聞き届けてから、私は次元の狭間へ身を翻した。
 
 
 
 
 
無題
名前はまだない
だがいつか必ずわかる時がくる
 
その日まで、
 
 
 
 
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