※今更だけどそういう描写があるから注意してね^^^









 午前三時、空は雨。
 雷鳴が聞こえる。

 明瞭な意識から遠隔な地で雷が閃いた。閉め切られたカーテンのそのまた向こう、分厚い硝子が断絶した雲に手が届かない。この部屋から空は近い筈だった、少なくともいつもよりは。

「シャワーは?」

 何処かで声がした。ぼんやりと掴めない距離感だ。耳の後ろで囁かれたようで、反面あの雷と同程度に遠いようでもあった。
 現実を失っている。いま、この場で。はっきりとした知覚はそればかりだった。
 自分の声さえも曖昧だ。

「いい」

「そうか」

 皮膚に触れる熱。じっとりと汗ばんでか細い体躯を抱き込む腕は大きい。その大きさに憧れた過去は何処で落としてきたのだろう。
 背中にぴったりと密着されて、ヒステリーめいた衝動が指先を焦がす。今すぐ、滅茶苦茶に暴れて、抵抗して、引っ掻き回して、罵ってやりたい。たおやかな疲労感と余韻に浸る幸福に満ちたその顔に唾を吐きかけてやりたい。
 世界の何もかもが感覚から剥がされているのに、そんな狂人染みた衝動だけが痛みを持って確かに脊髄を貫いた。
 こころのいたみだ。

「寝ないのか?」

「あんたは」

「お前が眠ればな」

 首筋に顔を埋められる。前髪が頬まで落ちてきて、視界を掠めた碧に嘔吐感を催した。熱っぽい吐息が背筋を擽る。
 優しい声音とそれ以上に柔らかなてのひらに髪を撫でられて、どうしようもないくらい絶望した。
 散々酷くして痛くして苦しいことばかり強いた後にいつも優しくなる。父親のような、兄のような、とてつもなく大きくて安心感しかないような庇護に包まれているような気になる。
 止めてくれ。
 犯されるより暴かれるより打たれるより拘束されるより、この時間が一番怖かった。
 幼少のみぎり、一番甘えたい時期に家族の温もりを知らなかった者にとっては、余計に。
 魂まで擦りきれてぼろぼろにされて、後一歩で全て壊れてしまえるのに、自我も記憶もゴミのような領域へ堕ちる寸前に、丁寧に抱き戻されて救い上げられる。正気を取り戻す瞬間、こころが悲鳴をあげるのを聴いた。
 窓の外へ放り投げた意識はこの男の腕の中へ着地した。嗚呼今日も届かなかった。
 やっぱり空は遠い。

「眠ったらもう、めをあけたくない」

 疲れたんだ。
 どさりと肉体の疲労が音をたてて全身の感覚を叩き起こした。底のないシーツの柔らかさに無限に沈み込んでいくようだ。この男と一緒に。抱き締められたままで。
 身支度を整えなきゃいけない。寮に帰ったらいつもみたいに笑わなくちゃいけない。剥離した日常を擬態しなければいけない。

「つかれたよ、カイザー。
だからもう、」

 一際強い力で抱き締められる。息が詰まるほどの力で。けれどそこにはもう先刻のような乱暴な猥雑さなんて微塵もなくて、大切なものに触れる繊細さしか見出だせなくて。

「駄目だ。
お前が、俺と一緒にと言うようになるまでは」

 透明な優しさに声を震わせながら、男は嗚咽のような息を吐いた。
 何故。
 この街の何処より空に近い場所で、地面を這いつくばるお前が、何故そんな事を。空を恐れて顔を上げることも出来ないというのに。
 不快な感性ばかりが次々と末端神経に引き戻されていく。触覚が死んでいればせめてもう少し穏やかだったのに。
 触られる肉体があるからこんなにも人間は間違っている。
 縋るように再開された行為に窒息しながら自分を手放した。



27階の彼の部屋は




 午前四時、夜と朝の境界線で今日も心中未遂。





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