視野は荒涼として地平の果てまで拓けている。常人ならざる視力を以てしても、その際限に至るまで一つの影すら見当たらない。

 生命の気配がしない、というのが妥当な表現であろうか。

「それは違うな。
風にも地にも自然の息吹を感じる事は出来る。謂わば母なる大地の鼓動。地に足を着けている限り生命の気配から逃れる事など不可能だ」

 ひとつの声が波紋のように広がって消えた。大気を震わせるでもなく、何処から聞こえたかすらも定かでないその声は、だが確かにこの世界で現実のものとして響いた。
 
「それは確かにそうだ。でも理屈の上で語るのと身体的に認識するのとでは訳が違う。お前は余りに長く内に籠っていたからその辺の感覚が正常に働かないんだろうな」

 再び違う声が波紋を形成する。平静の水面に先刻の波紋の余韻を求めるように広がって、軈て同じように消えてしまった。
 ひとつの水面にはひとつの波紋のみ。同時に複数の波紋は成らない。それがこの世界の法則だと気付いたのは、第三の声を発した後だった。

「でもさ、

俺にはむずかしいことはわかんねーけど、お前が生きてるってことはこの世界にはお前の命があるってことなんじゃねーの?」

 閉口。
 そうして待てども待てども第四人目の声は響かなかった。当たり前だ。自分は三人で打ち止めなのだから。
 喉がからからに乾いていた。沢山喋ったからだ。最近まともに人と接することも、人語を用いる場面もなかった。打算も需要もなく舌を動かしたのはいつ振りだろう。
 呼びたい名前が沢山あった筈だ。こんな無為な空論を遊ばせるより他に、もっと大切な発音を知っていた筈なのだ。なのに、

「夢を見たいと願ったから見せてやったのに、それさえまともな形で幸せを包括出来ないのかい。無条件に無作為に無思慮に幸福を甘受する自分を夢想したっていいだろう。書いて字のごとくってやつさ」



きみはとてもぶきようだ。

 今の自分にはその発音だけで精一杯の贅沢だった。




イノセントドリーマー





 この世界が自分の中にある限り自分という命からは逃れようがなくまた生きているという事実から幸福を抽出することも不可能だ。何故なら名前を呼びたい相手はもう誰一人として自分と同じ地平にはいないのだから。
 一億光年の孤独は余りに、永い。




「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -