短編

せめて信じさせて


「私さぁ、ほんとは背が高い人が好きなんだけど」
「は?」
「好きな身長は187センチ」
「好きな身長てなんだよ」
「小数点以下は.7が良い」
「それは意味不明」
「髪は黒髪が好きだし、あとミドルブロッカーの人が好き」
「黒尾じゃねえか」
「うわっ衛輔って黒尾の身長小数点第一位まで把握してるんだ」
「そのセリフそっくりそのまま返すけど? え、まじでなんで知ってんの?」
「ってことで衛輔くん」
「……なに」
「……」
「……んだよ」

 む、と寄せられた眉に似合わずふるりと瞳が揺れたのは見間違いかもしれない。だけど一瞬訪れた沈黙、見つめ合うだけの三秒は確実にいつもより長く感じて。
 私は私でわざと作った深刻な顔はすぐに耐え切れなくなって次の瞬間にはこれでもかと言うくらいにっこり笑ってしまい、衛輔は更に眉を顰めた。

「うっそぴょーん!」
「……はぁ?」
「うそうそ泣かないで衛輔っ! 私が好きなのは身長165.2センチ綺麗なベージュの髪色リベロの夜久衛輔くんだけだから!」
「なっ、……いてねーわ!」
「い゛だーーっ!」

 容赦なく頭を叩かれ響いた鈍い音。痛い! いま絶対本気でやったよ衛輔サイテー! なんて私からの非難は勿論衛輔には届かない。
 なんだよもう、ちょっとした冗談じゃん。『えっもしかしてコイツもう俺のこと……』って思わせてからの愛を深める作戦じゃん! ……って言ったら更に殴られたんだけど。解せぬ。

 痛む頭を押さえながら衛輔を見上げるけど、アララ、かなりご立腹。だけどさ、今日ってエイプリルフールだよ? そもそもこの少し前にエイプリルフールの話題を出したのも、ちょっとワクワクしてたのも衛輔の方なのに!
 私がそう言うと、衛輔ははぁと一度大きなため息を吐いて「じゃあさ」と切り出した声はいつもより低い気がする。

「……俺ほんとはショートよりロングが好きなんだけど」
「え」

 言いながら衛輔が私の髪に触れた。衛輔の好みに合わせてショートボブにした私の髪は肩につくこともなくて、衛輔の指が絡めてもすぐにさらりと零れ落ちてしまう。

「メガネとかも好き。あとセクシーなお姉さん系が好み」
「そ、それって烏野の潔子ちゃんみたいな?」
「あー……うん、清水さんは結構タイプ」
「へ、へぇ……」
「……」
「……」
「……って言われたら、今どういう気持ちだよ」
「え」

 ピン、と今度は痛くないくらいのデコピンに私は一瞬目を瞑った。次に目を開けて見上げた衛輔は呆れた感じだけどやっとちょっと笑ってくれて、私はその顔に心底ホッとする。
 あれ。いつの間にこんなに肩の力入ってたんだろう。ていうかどういう気持ちってなに? どうして今そんなこと聞くの?

 私がそう聞くとこを知っていたかのような衛輔はそのままさっきみたいにまた私の髪を掬って、今度は逃さないように柔く撫でる。
 「お前は全然清水さんと違うタイプだろ」って言ったその声は、もう怒ってはいないみたいだった。

「まぁ……真逆も真逆ですね」
「なのにあんなこと言われたら、悲しくなんねぇ?」
「悲しく……」
「少なくとも良い気はしないだろ」
「それは……まぁ」
「さっきお前が言ってたのはこういうことだぞ」
「……」
「名前が俺のためにこの髪型にしてるの知ってるし」
「え、うそ!? 気付いてたの!?」
「は? 当たり前だろ」
「うそ……衛輔のくせに?」
「どういう意味だよ!」

 髪から耳朶、それから頬を摘まれて今の私はきっとめちゃくちゃブサイク。それなのに私はちょっとだらしなく頬を緩ませて、だってだって、今の聞きました奥さん? 衛輔ってもしかして意外に私のこと見てるじゃん? 大好きなの!? なんて。
 さっきちょっとモヤッとした気持ちはあっという間に吹っ飛び衛輔に飛び込むと、意外にしっかりした胸が私を受け止めて、それからぎゅうって容赦なく抱き締められて。

 ゆっくり覗き込まれまた重なった視線、さっきと同じように沈黙して三秒。あ、って息つく暇もなく唇を奪われくるくる変わる視界はちょっと照れた衛輔の胸に逆戻り。

「……黒尾が好きとか嘘でも言うんじゃねえ」
「そんなこと言ってないよ」
「……じゃあしょうもない嘘はやめろ」
「それは……うん、ごめんね。今度から楽しい嘘だけにするね」
「そもそも嘘つくなよ」

 えぇ? それは納得いかない! 何度も言うけどエイプリルフールを言い出したのは衛輔の方なのだ。だけどさっき私がついた『しょうもない嘘』をやっぱりちょっと気にしちゃってるのか、頭上から聞こえる拗ねた声に不覚にもキュン。
 可愛い、とか言ったらきっとまた怒るから言わないけど!
 代わりに私も同じぐらいにぎゅっと抱き締めて、今から嘘でもなんでもないホントの気持ちをたっぷり伝えるからね!


22.04.01 Twitter掲載
22.04.14 加筆修正
title by 確かに恋だった



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