短編

しゅわしゅわり


「なぁなぁ」
「ん?」
「あれなに?」
「あー……誕生日やねん、今日」
「え?角名?」
「おん」

 あれ、と言って指差したのは廊下で騒ぐバレー部。そっから一人抜け出して私の前の席に戻ってきた治は、大きく欠伸をしながら頷いた。
 確かによう見ればいつもより大っきい声で笑っとる侑の隣、こっちから表情は見えへんけど『本日の主役』タスキを掛けられているその大きな背中は間違いなく角名のもので。
 え、角名、今日誕生日なん。それを知った途端、僅かに自分の心がそわそわ始めるのが分かってまう。

「……私もなんか祝ってあげた方がええかなぁ?」
「あ?別にええんちゃう、あれツムが勝手に騒いどるだけやで」
「でも角名も別に嫌じゃなさそうやん」
「まぁ、あれでまぁまぁ喜んどるからな」
「……最近よう角名と話すようなったやんな、私」
「そうか?まぁ俺ん席よく来るもんな、角名」
「……お、おめでとう言うくらい変ちゃうよな」
「あぁ?…………あー……なるほど」
「…………なん?」
「いやぁ?」

 いじってたスマホから顔を上げたと思うと、私を見つめて数秒。いつもの無表情からにやぁって頬を緩めた治は、またすぐ手元に視線を戻してしまう。
 ……なに。なによ!そう言うてちょっとだけ肩を揺すってみても、治は「なんもあらへん」ってずっとニヤニヤ笑うだけでスマホから顔を上げてくれへんくなって、あぁもう最悪、今ので絶対バレたやん!って。

 やっぱあかん?そんなすぐバレる?角名の方が治より鋭そうやしやめといたほうがええ?まさか今の今まで知らなかった片想い相手の誕生日、……今日の話すきっかけにくらいなると思ったのに。そんな期待を胸にしただけで、治に気持ちを知られてしまうなんて。

 あーあ、角名今日もこっち来やんかなぁ。治も気付いたならちょっとくらい協力してくれへんかなぁ。……なんて、思っても自分から行く勇気なんかない。いつもの『近くに座っとったクラスメイト』枠、治のおこぼれでたまに話に混ぜてもらうんが精一杯の私なんか、精々ここでどうしよって悩むのが精一杯。

 やけど、……やから?ううん、やのに。なんで気付かんかったん。

「治」
「角名」
「侑が呼んでる」
「うげ……遂にバレた?」
「うん、「誰や俺の背中に『俺はアホです』って書いた紙貼り付けたやつ!」って騒いでたよ」
「気付くん早、まだいける思ったのに」
「いってら」
「いってきー」

「…………」

 目の前で行われるやりとりを、ただただ凝視する私。どくん、どくん、なんにもしてないのに暴れ出す心臓。なんで気付かんかったん、角名がこっち来とるって。
角名と入れ替わるようにして治は廊下に出て行って、代わりに角名が治の席に座る。えぇ、どうしよ。……めっちゃ近い。え?なにこれ?ええ?

 パニックになって口がからっからに乾いてくる。喉じゃない、口。なんか言わなって思うのに頭は真っ白で、そんな私を見た角名は一瞬だけ黙って、それから小さく笑った。

「……どういう顔?それ」
「あ、はは……」
「おはよ」
「お、おはよう……」
「今日寒いよね」
「あ、う、うん」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……祝ってくれるんじゃないの?」
「えっ!?」

 沈黙が気まずすぎて内心益々焦り出した瞬間の、その言葉。続けて「俺誕生日なんだよね、今日」って。角名の言葉が妙に頭の中に響く。

「らしい、ね」
「祝ってくれるんじゃないの?」
「え……」

 なんで。さっきの聞いてた?え、あそこから?廊下から教室の窓際の私の席、結構距離あるで?
 角名と話したいのにうまく話せへん、絶賛パニック中の私には上手い返しが思いつかんくて、なんで、なんで、ってただそれだけ。

「ふっ……」
「え……」
「……聞こえるわけないじゃん、この距離だよ」
「え、や、なんで……」
「苗字全部顔に出てる、わかりやすすぎ」

 いっぱいいっぱいになってる私の顔を見て、角名が吹き出した。なんか今日の角名はいつもより笑うなぁ……っていうのは冷静なんじゃなくて現実逃避。いざそんときが来たら口は動かん、なんも言葉は出てこおへん。
 よう考えたら角名と二人で喋ったことないし、いっつも治おったし!治今すぐ帰ってきて!?とこっそり頭ん中で治にSOSを送ってみるけど勿論それは失敗に終わる。

「治が」
「へ?おさ、え?治がなに?」
「……苗字が俺のこと祝いたがってるって。ほら」

 ここであっさりと種明かし、見せられたスマホの画面には確かにムカつく狐のスタンプと共に、今角名が言った趣旨のことが書いてある。『苗字がお前におめでとう言いたくて言いたくて仕方ないらしいから来たって』って……ちょっと盛りすぎちゃう!?

「で、俺来たけど」
「あ、う、」
「祝ってくれるんじゃないの?」
「……おめ、でとう……?」
「ん、ありがと」
「……ハッピーバースデー」
「……なんで今言い直したの?」
「トゥー、ユー」
「ぶっ……意味わかんねぇ」
「あ、ちょ、ひどいっ」
「苗字面白いね」

 これは、……成功なのか。意図せずまた笑ってくれる角名に、恥ずかしさもあるけどでもやっぱり嬉しい気持ちもあって。
 好きな人の誕生日、好きな人がいつもより多めに笑ってる。そんなんドキドキせえへんわけないし、ツボってもうたんかうっすら涙を滲ませて笑う角名のレアな横顔にきゅんと胸は締め付けられるし。

 こんなん私の方が誕生日やん、プレゼントいっぱい貰ってるやんとすら思ってまう。そんぐらい、ただこんだけのことがむっちゃ幸せで。
 漸くちょっと落ち着いたのか角名は「はー……」って大きく息を吐いて、私の机に肘をつく。ち、え、近っ。無意識に身体を逸らす私に気付いたのか、その表情は……え、なに。
 上目遣いに薄ら笑う角名からさっきの雰囲気は全く感じ取れへん、耳元に心臓付いとんちゃうかってくらいにバックンバックン鳴る心臓。

「……めちくちゃ顔赤いけど大丈夫?」
「……大丈夫、ちゃう」
「ありゃ。でももうちょっと耐えて」
「え、なん、こわ」
「今日放課後待っててくんない?」
「え……えぇ!?」
「良い反応」
「な、な、なんで……」
「これ」

 まさかまさか、想像すらしてへんかった角名の言葉に私は教室に響き渡るくらいの声で反応してしまって、多分周りはみんなこっちを見とるけどそんなん今は気にしてられへん。
 「これ」って。さっきも見せられた角名のスマホの画面には『明日苗字に祝ってもらえるかな』『苗字お前の誕生日知っとるか?』『治それとなく教えてよ』『えーめんど』って……そのやりとりは?

「昨日の俺と治のやりとり」
「え、これ、は……」
「それは放課後教えるってことで、いい?」
「あっ、」

 それだけ言って、立ち上がった角名。最後にもう一度だけその切長の目と視線が絡んで、せやけどもうなんも言わず角名は席に戻っていってしまった。
 それと入れ替わりでまた戻って来た治が「どうなった?」って……どうなったってなに?今の、なに?

 どくどくどく、痛いくらいの心臓もキャパオーバーな頭も相変わらず乾いたまんまの口もなにもかも全部ぐちゃぐちゃや。
 無情にも、そんな私なんてお構いなしになるチャイム。教室の扉が開いて担任の先生が入って来て、治も前を向いてまうとかひどない?

 まださっきの出来事を処理しきれていない私が、ただひとつわかっていること。それは角名の誕生日は、まだ始まったばっかやということ。

「放課後まで……私心臓もつ?」

 先生にも、前に座る治にも、それから離れた席に背中だけ見える角名にも……誰にも聞こえへん呟きはしゅわりと教室の朝の空気に溶けて消えていった。


22.01.25.
角名 倫太郎 2022's birthday.



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