短編

行間で小休憩して待ってる


「倦怠期ぃ?」
「うん……っていうかマンネリ?」
「またどうして……」
「いやなんかさ、みんなの話聞いてたら私に最近そんなトキメキないなーって……」
「でも名前のとこは長いし、そんなもんじゃないの?」

 高校のときからいつもいる女子グループ、そのうちの一人に最近彼氏が出来て、もう一人はバイト先の先輩に絶賛片想い中だけど今良い感じで、またもう一人はこの前記念日だったからラブラブデートをしたらしい。みんなとこうして恋バナをするのは楽しいし、話してくれる友達の可愛い表情を見ていると私まで幸せになるから好き。
 かくいう私にだってみんなに話せるようなお相手はいて、それはみんなも知ってるんだけど……

「具体的にどうマンネリだと思うの?」
「なんか……キュンが足りない」
「キュンねぇ……」
「前はもっと会う度にキュンキュンして大変だったのに……」
「いっつもうちのクラスに逃げ込んできて悶えてたもんね」
「あの頃は若かった……」
「そりゃ高校生だもん、今あのときみたいにうちの大学まで来られても困るからね」
「うう……」

 同じ高校を卒業してバラバラの大学に進学した私たちが今思い浮かべるのは、私の彼氏こと黒尾鉄朗。高三の初めに付き合い出してもうすぐ三年、私たちの歳だと立派な熟年カップル扱いだ。
 ずっと同じクラスだった鉄朗に恋して、私の片想いだと思ってたら鉄朗も私のことが前から好きだったと告白してくれて、仲の良い友達から彼氏彼女になった私たち。
 関係が変わったからと言っていきなり恋人っぽくなるのなんて照れ臭くて、それでも手を繋いだとか初めてデートに誘われたとか、そんなことで一々ときめいていたあの頃が懐かしい。

 鉄朗とも大学は離れてしまったから前より会えなくなったのに、今は数少ないデートでも二人でお気に入りのカフェに行くだけとかお互いのお家デートが多かったり、真新しさはない。
 別に大きな不満があるわけじゃないけど、このままでいいのかなぁ、なんて漠然に思ってしまうのだった。

「うーん……ベタにちょっとエロめな下着買って誘惑するとかは?黒尾って意外にそういうの好きそうじゃん」
「エロッ……そ、そういうのじゃない!」
「え、そうなの?マンネリって言うからそっちかと思った」
「っていうか鉄朗で変な妄想しないで!」
「してないしてない」

 にやって笑う友達にちょっとだけ焦って言うけど、きっと赤くなった頬は隠しきれてないんだろう。私の彼氏だけみんな共通の知り合いだからとこうやって揶揄われるのはあの頃から日常茶飯事だ。
 
「ま、大丈夫でしょ、名前と黒尾なら」
「なにを根拠に!」
「じゃあ「トキメキが足りな〜い」って黒尾本人に言ってみなよ」
「そんなの言えるわけないじゃん!?恥ずかしいよ!」
「恥ずかしがってられるうちはまだ倦怠期とかじゃないって大丈夫」
「……」

 なんて、結局まともにとりあってくれることもなくこの会話は終了。だけど私はここ最近ずっと思っていた『鉄朗と倦怠期なのでは?マンネリ気味なのでは?』ということを口に出してしまったことで更にそんな気がしてしまい、……それで魔が差してしまったんだ。
 あんな適当な友達のアドバイスを、間に受けてしまうなんて。


▽ ▽ ▽


「……トキメキ?」
「……と、今ハマってる少女漫画の主人公が申しておりまして……」
「はぁ……で?」
「で、……も、もしかしたら鉄朗もそうなのかもしれないって……思って……聞いてみました」
「……別にんなことねぇけど」
「デスヨネ〜」

 友達の言葉を間に受けて、ほんとに「トキメキが足りな〜い!」なんて言っちゃったバカは誰!?……私です!
 だけど行った瞬間思っていた以上に羞恥心が湧き上がり変な誤魔化し方をしてしまった上に、普通に否定されてしまったという。悲しい。ていうか恥ずかしい、無理。

 慣れないことはするもんじゃない、もうちょっと別な方法を探すしかない。って諦めて雑誌を片手にソファに座り直した今日は、鉄朗の家でデート。と言ってもさっきからお互い別々にスマホをいじったり漫画を読んだり、……まだここに来てまともに会話したのは今さっきのやりとりくらいだ。つら。
 ……と、思っていたら。離れたところに胡座をかいて座っていた鉄朗が、のそりとソファに上がり私に寄ってくる。え、な、なに。呟いた私に、鉄朗は感情の読めない表情で私を覗き込んだ。

「終わり?」
「え?」
「いや、今の話。トキメキがうんたらかんたらってやつ」
「お、終わりだけど……」
「ふーん?」
「なに……」
「おねだりされてんのかと思ったんだけど」
「は!?」

 驚いて、思わずもって今雑誌を落としてしまう。あ、ちょ、ダメだ。今のは動揺しすぎた。だって鉄朗が言ってること、当たってるんだもん。それに目敏い鉄朗が気付かないはずもなくて、今度はにやりと笑いながらその雑誌を拾い上げて近くのローテーブルに置く。
 それから「なに、どーしたの」って言いながら私の腰に手を回し出した。

「……なんにも」
「えー?ほんとにぃ?なんもねえの?」
「なに、しつこいよ!」
「だって名前めちゃくちゃ赤くなってますけど」
「ここに来るまでに日焼けしただけだし、」
「ぶっは……!それはちょっと無理あるわ」
「もう、なに……っ!」

 言いながら、鉄朗は私を一度立たせてそのまま自分の膝の上に乗せてしまう。抵抗なんていくらでも出来たはずなのにそれをしなかったのは……どうしてだろう。
 されるがままにソファに座った鉄朗の上、向かい合わせで跨った私は「はい、ここー」なんて鉄朗の首裏に手を回させられる。こんな体勢、いつもはしない。ていうかソウイウコトをするとき以外、こんなにくっつくことも最近じゃあんまりなかったかもしれない。

 慣れないし不安定だし、……っていうのを言い訳に鉄朗にしがみつく手の力を強めた私の身体は、やはりいつもと違うことを求めているらしかった。

「なぁに、トキメキが足りねえの?」
「……」
「沈黙は肯定だと受け取りますけど」
「……ちょっとだけ」
「ん?」
「ちょっとだけ……そう思わなかったわけでもなくもなくもない……」
「……どっち?」
「……思った」
「ぶっ……くく、うん、素直」

 素直にも、意地っ張りにもなりきれない私に鉄朗はそう言って、それから私を引き寄せる。更に密着した身体。ふわりと鉄朗の匂いが鼻を擽って恥ずかしいのに……ちょっとだけふわふわする。
 まるで付き合って初めて触れ合ったときみたいな高揚感。ドキドキ、してる。

「不安にさせてた?ごめん」
「そういうんじゃない……」
「あ、そう?じゃあ単純にもっとイチャイチャしたい系?」
「最近そういうのあんまりないじゃんって……」
「それを不安って言うんじゃねーの?」

 って。そうなの?知らないよ。でも私、別に鉄朗が前より私のことを好きじゃなくなったとか、そういう風に思ってたわけじゃないんだもん。ただみんなの話を聞いてたら羨ましくて、私もそんな頃があったのになぁって思って……

「じゃあ補充しますか、トキメキ」
「……どうやって?」
「知らねえ」
「…………ふっ」
「あ、笑った」
「ふ、ふふ、だって……そんなキッパリ……」
「いやトキメキって抽象的すぎてちょっとムズイからね?」

 私が吹き出したのに鉄朗はちょっとだけ不服そうに眉を顰めて、それから私の胸元にぐりぐりと顔を押しつける。あ、ちょ、ばか!って抵抗するけどしっかりと腰をホールドされているから逃げることはできなくて、不安定なその場所で身を捩るしかない私。

 しばらくその場でギャーギャー騒いで暴れて、……最終的にはちょっとだけ息を切らしてくたりと鉄朗の首元に顔を埋める。
 鉄朗はそれを満足気に笑い、腰に添えたままの手をするりと撫でた。

「ひゃんっ」
「お、良い声」
「も、やめてよ……」
「んなこと言わず構ってよ」
「今ってそういう流れなの?」
「そうじゃねーの?ほら、」
「んっ」

 ちゅーしよ、って。言われなくてもわかった瞬間、重ねられる唇。目を瞑るタイミングを逃してしまい、……何故か鉄朗もしっかりと目を開けていて超至近距離で合う視線。
 すると鉄朗の目が、「!」優しく笑った。その瞬間とく、とく、って高鳴り出す心臓。あれ、ちょ、っと待って……

 私の唇をぺろりと舐めた鉄朗に私は息が漏れて、その隙を逃さない分厚い舌が口内に侵入してくる。ぐるりと大きく中をかき混ぜられて、それから丁寧に歯列をなぞり、たまにちゅっと私の舌を吸う動きに脳が痺れ出す。
 やばい、かもしんない。誰、トキメキが足りないとか言ったの。未だ合い続ける視線に、施される口付けに、今更こんなにドキドキするなんて。

「ん、ぅ……」
「はぁっ、……あれ、もう降参?」
「……ちょっと休憩」
「ぶはっ、了解。どうだった?」
「どう、って……」
「俺の愛はちゃんと伝わったかなーって」
「う、……」

 今ってそういうのだったっけ。でもそうかもしれない。もうトキメキが足りないとか、キュンキュンしないとか、……そういう言葉は出てこない。
 目の前でにやにやと笑う鉄朗に痛いくらいに胸を鳴らしている私は、あの頃から変わらずずっとこの男に夢中なのだ。

「はい、休憩しゅーりょー」
「は、んんっ、……ん、てつろ、」
「もうそんなこと言わないでいいように俺もちゃんとしますんで、観念してくださーい」
「ん、ふっ……」

 そう言ってソファにゆっくり押し倒されたこのときの私は……友達の言う通りえっちめな下着を新調してきたことなんて、もう忘れていたのである。


22.01.22.
title by 草枯れた愛で良ければ



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