短編

夢の中でまたね


毎朝決まった時間に起きて、着替えて用意して学校行って、ほんで退屈な授業受けて友達と喋って……放課後はどっかに寄って遊んだり真っ直ぐ帰っておやつ食べながらドラマの再放送を観たり。

そんなことしとったら窓の外も段々夕暮れに染まって、晩御飯を食べとったらお隣さんからはでっかい「ただいま」が聞こえる。ここまでぜーんぶ日課。
ああ、侑と治帰ってきた。今日は喧嘩して帰ってきたんやろか、いつもよりちょっと遅いなあ。晩ご飯はうちとおんなじ、すき焼きやで。お母さんがおばちゃんとスーパーで会うた言うてたもん。
考えとるうちに食べ終わった私は部屋着にパーカーを羽織って、そのまま家を出てすぐ隣、勝手知ったる宮家に上がり込む。これこそ日課で、ちっちゃい頃から知ってるおっちゃんもおばちゃんも全然気にせえへん。せいぜい鉢合わせても「あら名前ちゃん来とったん?また可愛いなったなあ」って言うてくれるぐらいで。

「おさむー」
「!」
「遊びにきたでー」
「せ、せめてノックしろや!」
「えー?もう今更やん」

侑はいつもこの時間お風呂に入っとる。それを知ってて、この時間この部屋に治しかおらんって知ってて……いつの日からか私は毎日ここに訪ねるようになった。

「なん?なんか見られたあかんことしとったん?」
「は、はぁ?」
「あ、や〜らしぃ〜〜まぁ治も男の子やもんねぇ」
「うっさいねん!ほら、はよ出て行けや!」
「もぅ。そんなん言うても私が出ていかへんの、分かっとるやろ」
「……はぁ」

はぁって。ダルそうに吐かれたため息は部屋の空気に溶けていき、せやけど私はめげずに部屋ん中に入ると治のベッドに腰掛けた。あ。ティッシュ出とる。ごめんごめん、邪魔してもうた。
心なしかいつもより不機嫌な治は、それでも私の隣に腰掛けてくれる。並んだ肩は昔に比べて遥かに逞しくなってもうて、ほんま……いつの間にこんなんなっちゃったんやろね。

「なん」
「いや……何も?」
「やからいつもなんやねん!毎日毎日毎日この時間に遊びに来よって!別に何するでも話すでもないし、聞いても何もない言うし、意味わからんわ!」
「えー、そんなこと言わんとってよう。私と治の仲やん?」
「ただの幼馴染じゃ」
「またまたぁ、照れちゃって〜」

ゆっくり、繋いだ手はギュッて握り返される。昔から変わらへん、あったかい。くたくたのシャツを着た治はそのまま緩く私を引っ張って、私は重力に従いそこに倒れ込んだ。治の匂い。とか言うたらちょっとアレな言い方やけど、実際は宮家の柔軟剤の匂いやと思う。

「……おさむ」

私はゆっくりと治の背中に手を回した。目を閉じて、すぅって息を吸う。そしたら今度こそ、ほんまに治特有の匂いが鼻を擽って、なんや湯船に浸かってるみたいな……そんな安心感に包まれる。

「また寝てへんの」
「ん」
「昼寝は大丈夫ちゃうかったんか」
「一瞬寝たけど、あかんかった……もう昼寝もしたない」
「…………」

低音で抑揚のない治の声。それがめちゃくちゃ心地よくて、ちょっとふざけてギュッと腕の力を強めると繋いだ治の手は更に強くしてくる。ちょお、痛いよ。そう思ったけど声には出さんかった。だってこれも、この時間も好きやねんもん。

相変わらず感情が見えにくい治の空気がちょびっとだけ柔らかくなって、私はそれにまた甘えてしまう。目の下に刻んだ隈が濃くなればなるほど、それは顕著になって現れた。
治が私の目の下をゆっくりと撫でていく。頬を滑って親指がゆっくりとそこをなぞると、私はピクンと肩が跳ねた。  

「ちょお寝るか?」
「ん……」
「眠いんやろ。眠そうな目しとる」
「んなことない……」
「言うとる間に寝そうやん」
「いやや……また怖い夢見る……」
「…………」

言うてぎゅうぎゅうと抱きついたら、治は何も言わんかった。ただ私の髪をサラっと撫でて、そのまま一緒にぽすりとベッドに倒れる。ゆっくりゆっくり撫でてくれる治の手が気持ちよくて、私はされるがままやった。重い瞼が閉じそうになって、でもあかんあかんってすぐに押し上げる。何度も繰り返すけど襲いくる眠気には勝たれへん。なんでやろな。治の前やと、なんかむっちゃ安心すんねん。

「おさむ……」
「ん。ここにおんで」
「嫌や、寝たない……」
「大丈夫や、ずっとこうしといたる」
「……ほんま?」
「おん」
「あつむが……戻ってきても……?」
「え」
「あつむが戻ってきてもやめんでくれる……?」
「…………」
「んふふ……なんにもなぁい。侑来たら、起こしてな」
「……おん」

ゆっくり、ゆっくり。髪の間を滑る指が心地良くて、今度こそ抗うことなく意識は深いところに落ちていく。もうこれ以上くっつかれへんぐらいまでくっついて、遠いところでどっちのか分からん心臓の音がトクントクンと鳴っていて。

毎日怖い夢しか見いひんかったんが嘘みたいに、幸せな夢を見た気がする。
治が隣で笑っとって、「名前」って名前を呼んで、遠くで侑が呆れたみたいに私らを見とって。二人と幼馴染として育ってきたのに昔からなんかあったら治んとこにいってた。治は侑より優しいから。乱暴にせえへんから。そんな刷り込みが、いつしか特別な感情になって。

せやけどたまに感じる治の視線が、触れる温度が、許される近い距離感が……私を勘違いさせる。こんなんされたら嬉しくなってまうんよ。治にこうしてもらえる女の子が私だけなんちゃうかって。

多分治は分かっとる。じゃないとこんなん、流石におかしいもん。せやけど私は今日も、夢ん中の治にさえまだはっきりとした言葉を言えんまま。無意識にまたぎゅっとその大きな身体に抱きついて、今はただこの温もりに浸っとった。

「サム次風呂ー……うおっ、なんで名前おんねん」
「うっさいねん起きるやろが」
「…………お前らほんまにまだ付き合うてないんやんな?」


21.07.11.
企画 / らんぷらす



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