短編

太陽のように眩しい君へ



帰宅部の私は、毎日バレー部の練習を見るのが日課だった。目的はバレー…じゃなくて、同級生の夜久くん。
彼とは一年生の時からずっとクラスが同じなのにきちんと話したことはない。それでも、たまたま友達に誘われて行った試合の応援で、誰よりも、輝いていたのだ。周りに比べたら背はあまり高くないかもしれないけど、どんなボールでも拾ってしまう姿に何度も興奮した試合だった。少なくとも私の目には、彼が一番素敵でかっこよかった。

ただ見るだけで幸せ。これ以上は求めてないし、行動を起こす勇気なんて私にはない。音駒は公立だし、体育館の二階なんて普段誰も入らないところで見学してたら目立つから、私の定位置はいつも体育館の入り口近くのベンチで、そこから遠目に眺めているだけだ。ここからだとコート全体は見えないし夜久くんもたまにしか見えないけど、その分そんなに目立たないはず。そう、思っていた。

「苗字サン」
「えっ」
「いつもそっから見てっけど、中入ってもいーのよ?」
「く、黒尾くん…どうして、」
「今日は部長会議で今から部活行くんだわ」

ここは部活さえ始まってしまえばあまり人が通らないし、誰かに話しかけられるなんて思っていなかったから油断していた。
黒尾くんは、去年委員会が同じでそこで話すようになった人で、そんなに仲良しなわけじゃないけど、クラスが離れた今でもたまに話しかけてきてくれる。

そんな彼に、毎日ここで私が見ているのに気づかれていたなんて。ちょっと気まずい。キモいとか思われてないかな、まぁでも、黒尾くんはそんな人じゃないけど。

「えっと、…あの、このこと…」
「ん?」
「誰にも言わないで…」
「ンー?夜久とか?」
「えっ」
「俺、そういうの敏感だからネ」

ニヤッと笑った黒尾くんは、「まぁ水分は摂るんだぞ」って言ってそのまま前を通り過ぎていく。今の、絶対バレてるよ…恥ずかしい…私ってそんなに分かりやすいの?もしかして、夜久くんにも?

「苗字?」
「ひゃっ」

黒尾くんが言ったことが気になって、気が付かなかった。今度は夜久くんが、私の目の前にいたことに。

「わ、や、夜久くん!部活は?」
「休憩。水浴びに来たら、苗字がいたから」
「そ、そーなんだ。お疲れ様です…」
「おう」

わー、私、夜久くんと喋ってるよ!こんな…、わー…!
初めてと言っても過言ではないくらいの夜久くんとの会話に、テンションはぐんぐん上がる。でも同時に緊張もやって来て、上がりきったテンションとは裏腹に上手く話せないのがもどかしい。

「…苗字、いっつもここで見てるけど…暑くねーの?」
「え!あ、えと、うん…いや、え?」
「どっちだよ」

や、やっぱり夜久くんにもバレてた…!!やばい、恥ずかしい。脳はすでにキャパオーバーで、頭がクラクラする。

そんな私を訝しげに首を傾げる夜久くんは、それでもやっぱりカッコ良くて。初めてちゃんと話した。その声が、その瞳が、私に向けられている。今という瞬間を切り取ることができるなら、私はそれを一生の宝にするのに。

「………黒尾、中の方が見れると思うけど?」
「っ、へ?」

そんなバカなことを考えていたから、夜久くんが言った言葉の意味が一瞬理解できなかった。

「なんで、黒尾くん…?」
「いっつも黒尾見に来てんじゃねーの?」
「え」
「さっきも何か楽しそうに話してたじゃん」
「み、見てたの!?」
「…中から見えただけ」

そう言って夜久くんは少し目を逸らした。一瞬訪れた沈黙に、ふわって生暖かい風が吹いた気がする。実際は、多分私の体温が上昇しただけで。さっきの、見られてた。聞かれてはないよね…?いや、この感じだと多分聞かれてはいない。
それでもそんな私に何を思ったのか、夜久くんは「黒尾呼んで来てやるよ」なんて言って体育館に戻ろうとするから、私は反射的にその手を掴んでしまった。

「え?」
「わ、あ!ごめん、」
「いや、どーした?」
「え!えと…」

きっと夜久くんは気付いていない。私がこんなにも、夜久くんが好きで、カッコいいって思ってて、だから毎日暑くてもこんなところから見てるんだよって。眺めているだけでも幸せだから、って。そんなことを知られたら気持ち悪いって思われちゃうかもしれないけど、でもそうとは知らず何か勘違いしているらしい夜久くんにそれは違うとだけは伝えたかった。

「黒尾くん…じゃ、ない、よ」
「?」
「黒尾くんを見に来たんじゃなくて…夜久、くん、を。見に来てたの、いつも」
「えっ」

誤解を解こうとしただけなのに、ほんとの想いまでぽろっと出て来てしまったのにはすぐ気付いた。夜久くんが、その大きな目を見開いて驚いているから。そしてそれを見て、すぐに気付いた。ああ、終わったって。

「あ、ごめ、気持ち悪いよね、…帰る!」
「ちょ、待って、苗字!」
「う、わ!」
「待てって!」

じわじわと涙がこみ上げてきて、それが溢れないうちにとっさに踵を返したのに。
今度はさっきと逆で夜久くんに掴まれて引っ張られた腕は、熱くて仕方ない。その熱と、私の心臓の音で頭がどうかなってしまいそうだった。

「…さっきの、ほんと?」
「………うん。ごめんなさい…」
「なんで、謝んの」
「だって…なんかあたし、ストーカーみたいかなって…」
「俺の方が、絶対先に苗字かわいーって思ってたから!」

さっきよりも強く引っ張られて、あっという間に夜久くんの腕の中。くるくると変わる景色に、追いつけないよ。
ドキドキ、響いている音は私のものだと思うんだけど、もしかしたら夜久くんのものも混じっていたのかもしれない。それすらもわからなくて、私は夜久くんの顔だって見れずにその胸に頭ごと預けるしかなかった。

「うわ、やべー…今すごい嬉しいんだけど」
「う、うそ…夜久くんが、私のこと…?」
「…一年の時に、一目惚れ」
「…嬉しいぃ…」
「苗字は?黒尾が好きなんじゃ、ねーの?」
「夜久くんが…夜久くんだけが、好き、だよ…!」

これだけ言うのに、今は本当に精一杯で。
この後ニヤニヤ顔の黒尾くんが休憩終了を告げに来るまで、私と夜久くんは暑い中ただただ抱きしめ合っていた。



20.8.8.
夜久 衛輔 2020's birthday!



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