短編

きわめて密かにこじあけた



「あの、」
「んぁ?」
「こ、これ…」
「?ああ…及川か」
「あ、違、待っ」

部活が終わるのを待ち伏せして、話しかけるまでは良かった。今まで話しかけることすらできなかったのだ。今日こそは、今日こそはと思ってはその度に勇気が出せずそのまま断念していたから。
目の前の岩泉くんは私の顔、次にその手に持つ紙袋に視線を移し、「ああ及川か」なんて慣れな風に振り返って及川くんを呼ぼうとするから、私は思わずその腕を掴んでしまった。

「?」
「あ、ご、ごめん…!なさい…!」
「いや、いいけど」

私は自分のしたことに自分で驚き、すぐにその腕を離す。岩泉くんはそれ自体に別に気にした風はなく、それでも目の前で呼び止めておいて中々用件を言い出さない女に訝しげな表情をしていた。

「い、岩泉くん」
「?」
「お、お誕生日…おめでとう、ございます…」
「あぁ…なんで知ってんだ?」
「そ、それじゃ…!」
「あ、ちょ、おい…!」

そこで私の緊張はピークで耐えられず、振り返って駆け出した、!良かった、受け取ってくれた。震える手で差し出した紙袋は誕生日プレゼントで、それを受け取ってくれた岩泉くんといえば今日誕生日の、隣のクラスの私の想い人なのだ。
そのまま岩泉くんが追いかけてくることもなくて密かに安堵した。もし走って追いかけて来られていたら、とっくに捕まっていただろう。

「全然話せなかった、だめだ、どうして逃げたの」っていう後悔と、「でもプレゼント渡せた、頑張った」っていう達成感。今までにないくらい、スッキリとしていた。誕生日という、今日を逃したらもう手遅れだという事実が私の勇気を後押ししたのだった。

岩泉くん、誕生日おめでとうございました…なんて心の中で呟いて、私はその日眠りについた。なのに、次の日。

「おお、コイツだ。よくわかったな」
「ほんと、岩ちゃんの言う特徴ってほぼ全女子に当て嵌まるからあんま参考にはならなかったけどね…お陰でここまでの休み時間全部費やしたじゃん」

察するに、岩泉くんは及川くんと一緒に昨日逃げ出した女…私のことを探していたらしい。座っている私を見下ろす運動部の男二人という異様な事態を、私の友達含めクラスメイトたちはみんなただ見守っていた。

「ね、君さ、」
「おい、及川。お前もう帰れ」
「えぇ!?俺も一緒に探してあげたのに、それはないんじゃない!?」
「コイツに用があるのは俺だろ」
「俺だって珍しく岩ちゃんの色恋沙汰気になるよ」
「うっせぇ、そんなんじゃねぇ」

目の前のやりとりをただ見ているしか出来ない私。そしてどうやら無理矢理に及川くんを帰したらしい岩泉くんは、改めて私に向き直った。

「えっと、…昨日の、ありがとう、な」
「えっ…!い、いえ…!ごめんなさ、…逃げちゃって…」
「いや…あー…名前」
「苗字、です」
「苗字」
「…!」

岩泉くんが、私の名前を呼んだ。たったそれだけで、聞き慣れた自分の名前がすごく新鮮に思えた。

「あー…美味かった」
「よ、良かった…です」

昨日あげた物への感想だとすぐにわかった。悩んで悩んで悩みまくった岩泉くんへのプレゼントは、なんの変哲もないお菓子の詰め合わせだった。バレーで使う物なんてよくわからないし、岩泉くんの好きなものも知らない。そうするとお菓子が無難かな、って思った。今まで同じクラスにもなったことのない、名前も知らない女から貰うのに手作りなんてNGだろうから、普通に洋菓子屋さんで手頃な値段で売ってたものだ。
そもそも甘いものがダメだったら、なんて心配は杞憂に終わったらしい。こうしてお礼を言いに来てくれているのだから、気持ち悪いとは思われなかった、と思いたい。

「それで、…なんで誕生日プレゼント?」
「えっ」
「どっかで喋ったっけ?クラス、一緒になったことないよな?」
「う、うん…あの、」
「?」
「…友達の付き添いで見に行った試合…で、岩泉くんのこと、知って」

友達は言わずもがな及川くんのファンだったのだけれど、私の目にはそれよりももっともっと輝いて見えた岩泉くんしか映らなかった。あの日から、ずっと岩泉に密かに想いを寄せていた。

「…す、すごいなって、思って…それからずっと応援してた…です」
「…さんきゅ」
「…はい」
「………」
「………」
「………」
「………」
「来週」
「へっ」

きっと今私の顔は真っ赤になっているんだろう。
しばらくの沈黙の後、岩泉くんのスマホが私に差し出される。

「…月曜の放課後、お礼したいから、連絡先教えてくんねぇか?」
「えっ!?お、お礼なんて!いいいよいいよ!」
「い、いいから…!ほら、早くしろ」
「わ、なんか怒ってる?」
「怒ってねぇ…!」

バッチリ目があった岩泉くんの顔は、改めて見ると私に負けず劣らず真っ赤だった。え。どうして。照れてる?
疑問符がいっぱいの私は状況についていけず、その隙に私の手に握られたスマホを岩泉くんに取られてしまう。しばらく何か操作していると思ったら、すぐに私に返されたスマホの画面には、メッセージアプリの一番上の欄に"新しいお友達 岩泉一"の文字。

「俺の、入れといたから。連絡くれや」
「えっ」
「じゃ、じゃあ。またな」
「えぇ!?」

そのまま颯爽と教室を出ていく岩泉くんの背中を、ただただ見つめるしか出来ない私。ちょっと待って、どういうこと。私は昨日からどれだけの奇跡を起こしているの。あれだけ、見るだけしか出来なかった岩泉くんと話せて、連絡先まで交換、だなんて。

岩泉くんが何考えているかはわからないが、私はこの勢いがなくならないうちに、とメッセージアプリのトーク画面を開いたのだった。


20.6.10.
title by ユリ柩.
岩泉 一 2020's birthday.



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