短編

口から紡ぐのは愛だけでいい



「だからごめんって」
「そのごめんがもう嘘っぽい!とりあえず謝っときゃいいかって感じで言ってんでしょ!」
「そんなことねぇよ、悪いと思ってる」
「ほら今ため息ついてたじゃん!なんなの、もう!鉄朗のバカ!嫌い!」
「ちょ、っ」
「もう帰る!」

今日は鉄朗の久しぶりのオフでお家デートだった。中々二人でいられる時間もないから、もう何日も前から楽しみにしていた今日。借りて来た映画を見たり、鉄朗の家にあるゲームをしたり、それなりに楽しんでいたのに。些細なことで起こった口喧嘩はどんどんヒートアップしていき、それが冒頭のやりとり。私は鞄をつかんで鉄朗の部屋を出た。

家を出て少し歩いてから振り向いても、鉄朗の姿はない。…追いかけて来てくれてもいいじゃない!!なんて自分でもめんどくさいってわかってるけど、でも、あんなに心待ちにしていた今日という日がこんな形で終わってしまうことが嫌で。だからと言ってすぐに素直に謝りに戻るなんて出来ない私は、その場に蹲み込んでしまう。

「はぁ…」

思わず吐いた重いため息。ほんと、何やってんだろ。

「ちょっと…大丈夫?」
「へっ」
「俺ん家まで聞こえてんだけど…」

降って来た聞き覚えのある声に顔を上げれば、そこには鉄郎の幼馴染み…同級生の研磨くんの姿があった。

「研磨くん…」
「クロから死ぬほどメッセージ来てる。早く戻ってあげなよ」
「…追いかけて来てくれたらいいのに」
「はぁ………"嫌い"って」
「え?」
「言われたの、傷付いてるよ。クロ」
「あっ…」

言われて、最後に見た鉄朗の顔を思い出した。いつも飄々としていて、何考えてるのかわからない鉄朗が珍しく傷付いた顔をしていた。それは紛れもなく私がつい口走ってしまった言葉のせい。でも、たったそれだけで?なんて思ってしまったけど、追いかけもせずこうやって研磨くんに連絡を入れてるってことは、鉄朗にとっては思うところがあったんだろう。

研磨くんはいつもと変わらず表情は読めないけど、でも多分鉄朗のことを心配している。いつもは私たちが喧嘩しようが何しようが勝手にしてくれって感じだけど、今回ばかり鉄朗側に付いているらしい。

「…クロのこと、嫌いになったの?」
「…嫌いじゃ、ないけど…」
「じゃあ早く戻って仲直りしたら?」
「…うん…」

冷静に言葉をくれる研磨くんと話すことで、私も少し落ち着いて来た。帰ろう。仲直りしなくちゃ。
私は研磨くんにお礼を言って、まだすぐ側にある鉄朗の家へ戻った。

ガチャ、とドアノブに手をかければ鍵は閉まってなくって、さっき出て来たばかりの玄関に踏み入れる。と。

「わっ」

すぐそこに鉄朗が立っていた。

「名前!」
「び、びっくりした…て、っ」

鉄朗。口にしようとした名前は呼ばせてくれなかった。腕を引っ張られ、そのまま鉄朗の胸にダイブする。ぎゅっときつく抱きしめられて鉄朗が私の肩に顔を埋めると、そこに息がかかってぞくりと鳥肌が立った。

「…嫌いとか、言うなって」
「…ごめん」
「冗談でもそういうこと言われると流石にクる」
「…もう言わない」

思えば今まで何度も喧嘩して来たけど、鉄朗が私に「嫌い」と言ったことは一度もなかった。どれだけ怒ってても、そんなことは言わない。今までにないほどわかりやすく落ち込む鉄朗に、自分が軽く口にしてしまったことがどれほどいけなかったのか思い知る。

「ごめんなさい…」
「ん、もういーよ。俺もごめんな?」
「うん…」
「せっかく一緒にいれんだから喧嘩じゃなくてイチャイチャしたいんですけど?」
「わ、ちょっと、鉄朗」
「はいはい照れんなって」

さっきまでのしゅんとした鉄朗は嘘だったみたいに、気付いたらもう普段通りの鉄朗だった。肩から首元に唇を寄せてちゅっと啄む鉄朗に、私は必死で胸を押すけどびくともしなくて、ちゅ、ちゅ、と音を鳴らしているのは絶対ワザと。仕返しのつもりなのか、辞めるつもりはないらしい。
急にこんな甘い空気にされても私はついていけない。恥ずかしくって、そもそもここ玄関だし、とかお家の人に見つかっちゃう、とか頭の中でぐるぐるしている。

そんな私への攻撃は、鉄朗のスマホから聞こえたメッセージの受信音でようやく止まってくれた。

「…研磨に会った?」
「うん。家のすぐ前で」
「…今度奢らされそう」
「なんだかんだ言って研磨くんと仲良しだよね。研磨くん、今日は鉄朗の味方!って感じだったもん」
「マジ?…聞いても素直に言ってくれねーだろうなぁ」
「…研磨くんだもんね」

ふふ、と思わず笑ってしまった私を見る鉄朗は、どこか不服そうだ。それに首を傾げていると、

「…もう研磨のことはいいから、俺との時間だろ」
「えぇ?」
「油断すんなよ」

そう言って、少ししゃがむと私の膝裏に手を差し入れそのまま抱き上げられてしまう。いわゆるお姫様抱っこ。

「研磨へのお礼は後でするとして。今はこっちに集中してくださーい」
「ど、どこ行くの」
「俺の部屋〜」

そのまま階段を登っていく鉄朗は、楽しそうに鼻歌まで歌っている。その後鉄朗の"お仕置き"は私の門限ギリギリまで続いて、もう絶対にあんなこと言わない、と心に誓ったのだった。


20.6.7.



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