823本目の花の先(4/7)

元親が生まれた時からその幽霊はずっと傍にいた。
一定の距離を保ちながらも自分の傍から離れようとしないものの存在に元親は惹かれていた。
話しかけてみても初めは返事すらくれなかった。表情も複雑そうであった。
人前で話しかけるとその顔は余計に険しくなり、周りの反応が気味悪がっていることからこの幽霊は自分にしか見えないものだと理解した。
だから人のいない時にだけ話しかけるようになった。
怖いとは何故だか思わなかった。
それは相手がホラー映画に出てくるような陰鬱さを感じさせず、顔立ちもむしろ綺麗な人であったからなこともあるがそれ以前にどこか懐かしい気持ちがしていたからだ。
そのことも聞いてみたが幽霊は答えてはくれなかった。
やがてこの幽霊は話すことが出来ないのだろうと言う考えに至ったがそれでも元親は話しかけ続けた。
自分が無視してしまったらこの幽霊はいなくなってしまう気がしたからだ。
言葉は無いが元親が困っている時、幽霊は静かに手助けをしてくれていた。
よくわからないこの幽霊を元親は失いたくなかった。
初めて会話が出来たのは小学生を迎えた時。
新品のランドセルを嬉しそうに幽霊に見せびらかせた時の事だ。
喋らないと信じ切っていた相手が述べた言葉はあろうことか『黒よりも赤い方が貴様には似合ったであろうな』だった。
それは元親が可愛いもの好きなことを知っての言葉であったのだろうが男の子としての自覚も出てきた元親にとってそれは衝撃だった。
何より幽霊は話せたのだ。
何故、今まで話しかけてくれなかったのかと責めたがそれについては教えられないままだった。
けれど幽霊はいつも何かを考える様に外を見ていることが多かった。
やがて名字だけだが名前も教えて貰えた。
“毛利”
それが幽霊の名前。教えて貰った時は何度もその名前を連呼してやった。
毛利という幽霊を見て、話が出来るということ以外、元親はどこにでもいる普通の人と変わらなかった。
普通に過ぎて行く日々は時に退屈で物足りなく、それでも振り返ると幸せな日々であった。
幽霊はずっと変わらず元親の傍に居続けた。
やがて変わっていってしまったのは元親の方であった。

何がきっかけであったかはもう思い出せない。
だが、ある時から元親はなんとも言えない感覚や映像に悩まされるようになった。
それは決まった時にではなくいつも突然で、しかし妙に生々しかった。
食べたことも無い物の味がわかる。見たことも無いはずの景色を何故か知っている。
それだけならまだ気のせいだと思えただろう。
けれどその中には嫌なものもあった。
血生臭い、嗚咽を誘う様な重苦しさ。
人を傷つけたことも無いはずの手がいつの間にかその肉や骨を断つ感覚を知っていた。
夢の中で魘されることもあった。
そんな時は毛利が声で起こしてくれたがある時はその毛利を見て死相が見えた。
死相と言うものが実際どんなものであるのかはわからない。
けれど毛利の命が危ないと感じてしまう感覚には正直ゾッとした。
そもそも毛利は既に死んでいるというのに……。
自分の手が赤く染まったように見える幻覚も一度や二度ではなかった。
幼い頃は何も思わなかったはずなのに月日が経つにつれ、その姿を見ると胸が疼くようにもなった。
ワクワクやドキドキとは違うツキンと胸が突かれるようなそんな感覚だ。
そして見る夢も日ごと鮮明になっていった。白昼夢のような映像も見始めていた。
徐々に晴れて行く頭の中の靄。
夢の中の出来事だと思っていたことが前世に当たることだとはっきり理解が出来たのはほんの1年ほど前のことだ。
それでも1年間はそのことを黙っていたことになる。

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