823本目の花の先(1/7)

「ここに居ったか」
ぽつりと誰かが言った。
その体は薄く透けていて、足は在ったが人の目に映ればそれは幽霊と呼ぶものに他ならなかった。
声が聞こえて天上を見つめていた青い目がそちらの方へと動く。
布団に横たわる体を見下ろしていたのはまだ若い男であった。
青い瞳がそれを見てとる。
そう、見えているのだ。
明らかに自分の姿を見ている相手に幽霊が驚く。
目を丸くし、佇む幽霊を青い目はただ見ていた。
「長曾我部……」
幽霊が言葉を放つ。それは人の名前であった。
その瞬間、赤子が笑った。
小さな手が宙を泳ぎ、幽霊へ向かって伸びる。
驚愕でしかなかった。
幽霊が対峙していた人とはまだ自力で歩くことも出来ないだろう小さな赤子であった。
それでも見ればわかった。
これがかつて刃を交えたことのある相手だと。
未だ笑みを浮かべている赤子を幽霊はじっと見た。
きっとこの子供は何も知らぬのであろう。
微かにでも記憶があれば自分に向けて、このような笑みを浮かべるはずがない。
「まぁ、それも良いか……」
幽霊の手が赤子へと伸びる。
けれどその手は当然、生身の体に触れることは出来ない。
ただ頭の上の方で手を上下して撫でる真似事をした。

二人はかつて遠い昔の戦国の世を生きた者たちであった。
幽霊の名は毛利元就。
そして転生を果たした赤子の名は長曾我部元親。
これが現世での二人の出会いだった。

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