Secret garden(4/5)

マルコが立ち去った庭園に再びサッチは訪れた。
咲き誇る花々に埋もれるようにサッチはその中へと横たわった。目の端で花たちが笑うように揺れ動く。
マルコにはあんな風に言ったがサッチは決してこの庭園が嫌いなわけじゃない。
例え自分たちのためではなく、他人のために植えられたものだったとしても花に罪はない。
色とりどりの花は白く彩られたこの建物で荒んだこの心を癒してくれた。
だからこそ外に出る意思は無くとも、こうやって抜け出して間近で花を眺めるのだ。
青い空も好きだ。
あの少年――、マルコ、と本人は言っていただろうか。
マルコの瞳も青かった。
それは空というよりは海に近いとサッチは思ったが、とても美しかった。
瞳だけじゃない、不意に出会ったマルコの存在はサッチにとってとても眩しい存在だった。
出来れば仲良くなりたかった。
ここには仲間とある種の意味で呼べる者たちはいるが、友はいない。出来るはずもない。
サッチはずっと独りぼっちだった。
あれだけの態度を取ったのだから二度とあの少年はここにはこないだろう。
それがいい。それでいい――。
けれどそんなサッチに寂寞とした思いが宿る。
自らが望んで突き放したのだ。そんな感情など抱く必要なんてないのに、それでも胸の中に芽生えた寂しさは拭いようがなかった。
「――お前が例の小僧か」
突如降って湧いた声にサッチの心臓が跳ね上がった。
自身を丸ごと呑み込むような大きな影が落ちている。
誰かが自分を真上から見下ろしていた。
逆光でよく見えない相手を見るためにサッチは体を起こした。
「……あんた誰だ?」
大きい――。
何よりも感じたのはそのことだった。
声を掛けられるまでこの巨体が近づいていたなんてサッチはちっとも気付かなかった。
その理由は白ひげが他者に気配を悟られないような動作に長けていたからだけではないだろう。
何せここには花以外何もない。そんな場所でこの大きな体は目立ち過ぎる。
気付かなかったのは何よりもサッチがそれだけ物思いに耽っていたからに他ならないだろう。
驚くサッチに白ひげは答えた。
「俺ぁ、白ひげだ。お前の元に訪れたガキの親でもある」
訪れたガキ?
ああ、マルコのことか――。
「そいつならもうここには居ないぜ」
「ああ、知っている」
「……俺を殺しに来たのか?」
サッチは漫然としながらも、言葉だけははっきりと問いた。
「何故そう思う」
 問い返した白ひげにサッチは言った。
「俺が化け物だから――、俺があいつまで化け物にしてしまったから――」
言葉は虚ろだがその中には強い後悔の色が滲んでいる。
取り返しのつかないことをさせてしまった。
きっとこのマルコの父親はそれを憎んでいるだろう。
「あいつは自ら望んで能力者になることを選んだんだ。誰のせいでもねぇ」
凛とした声が響く。
その言葉にサッチが驚いたような目で白ひげを見つめる。
「それに俺も能力者だ」
続く言葉にサッチはさらに驚いた。
能力者という言葉は耳慣れないが、それがサッチと同じものという意味を指しているのだということはわかった。
けれどそんなことマルコは一言も言ってはいなかった。
青天の霹靂だ。
思わぬ告白にぽっかりとその口を開けたままのサッチに白ひげは続けた。
「だがお前のせいでとんでもないことになっている。その落とし前をつけさせに来た」
「え?」
白ひげの言葉にサッチは驚きっぱなしだ。
落とし前とはどういうことだろうか。
「――今、マルコが街で暴れている。手に入れた能力を使ってだ。止められるのはお前しかいねぇ」
サッチの脳はそれこそ殴られんばかりの衝撃を覚えた。
マルコが街で暴れている?
あの大人しく、優しいあの少年が?
サッチの目はその驚きで、もはや零れ落ちんばかりにその瞳を開いている。
「信じられなくても事実だ。止められるのはお前しかいねぇ」
もう一度白ひげは言った。
「そんな――」
何の冗談かと思った。
今、目の前にいる相手は自分よりも巨大で、そしてきっと自分なんかよりもよっぽど力を持っているだろう。
そしてそれだけでなく、この人物もまた自分と同じような力を持っていると言う。
その相手が止められないものを自分が止められるとはとても思えなかった。
自分にそんな力は無い。
――いや、身に宿るこの力を使えばあるいは暴走したというマルコを止められるかもしれない。
けれどそれを使えばマルコが傷つくかもしれない――。
そしてもう一つサッチの意思を迷わせるものがあった。
――この力を人前には晒したくない。
この能力を見た両親に捨てられた過去はサッチの中には忘れられない思い出であり、心の枷だった。
この暗い闇を持つ自分は恐れの対象。
既に忌み嫌われた存在ではあるが、その実態を見れば人はさらに恐怖を抱くだろう。
恐怖を抱き、サッチを殺そうとするかもしれない。
それ以前にサッチはもう自身を拒絶し、自らを腫れ物のように見るあの視線を見たくはなかった。
だからこそ、閉ざされたこの空間に、外へ出たいという願望を抱きながらもじっと耐えて居続けたのだ――。
そんなサッチの思いを悟ったのか白ひげが言った。
その能力を使えとは言わねぇ。使うかどうかはお前次第だ。俺はただ今のマルコに声を届けられるのはお前しかいねぇと思ったまでだ」
これもまた驚きである。
力も使わず、暴れている相手を自分がどうか出来ると本気で思っているらしい。
「今のマルコに必要なのは単なる力じゃねぇ。力でねじ伏せるだけでいいなら俺がやっている。だが、それじゃあ駄目なんだ。それに聞いたところによると事の原因はお前にあるって話だ」
「俺に?」
またも釈然としない言葉だ。
「街の連中がここの奴らのことをちょっとばかり馬鹿にしたらしい。お前の能力に関することも知って、その上で気に障ることを言ったようだ」
なんてことだろう。
街で噂されていた闇のことを聞いてサッチは唖然とした。
まさか街の連中に見られているとは知らなかった。
いや、それ以上にそのことでマルコが我を忘れ、暴れまわっているということの方が信じられなかった。
他でもない自分のためにあの少年は怒り狂っているという。
迷う理由はもう無かった。
「おっさん、そこに案内してくれ!」
サッチの声に気迫が籠る。
放っては置けなかった。
自分が止められると言うならば、自分がやるしかない。
今まで頑なに敷地の外へとは出ようとしなかった足が初めて外への一歩を踏み出した。



白ひげに連れられ、街中まで来たサッチは目の前の光景を疑った。
それは余りにも壮絶な光景だった。
瓦礫が道端に転がっている。
木製の屋台だろうそれは藻屑となっていたし、そこに立ち並ぶ木々もまたへし折られていた。
そしてそこに残るのは引き裂くようにつけられた三本の筋。
鋭いその傷痕はまるで凶暴な獣が作った爪痕のようだった。
目の前に惨状に驚くサッチの背後で轟音が走った。
振り返るその視界に映し出されたのは美しい鳥の姿――。
燦然と輝くあの光はサッチが先ほど見たばかりのものだ。
鱗粉を振り撒く蝶の如く、猛々しく荒れ狂う鳥はその身から炎の光を撒き散らしていた。
「おい、誰か! あの鳥を止めろ!」
逃げ惑う住民たち。
それらを蹴散らすように鳥は飛び回る。
ところ構わず建物を壊し、人を威嚇し、鳴き声を上げる。
そして響き渡る鳴き声に混じ入るのは連続した銃声。
「――あいつら!」
その光景を見てサッチは拳を握り締めた。
飛び回る鳥に向けられているのはいくつもの拳銃。
速度のある鳥を撃ち落とすにはまだ至ってないがそれも時間の問題だ。駆けつけた時よりもいくらか鳥の力は衰えているようだった。
そして流れる銃弾の一つがその体に当たった。
「――マルコ!」
咄嗟にサッチは叫んだ。
それがマルコだという確証はまだ無かったが現状はそれを示していた。
白ひげのマルコが街で暴れているという言葉、先ほど見たばかりの青い炎、そして周囲を威嚇する鳥の瞳――。
直接対峙しなくともその瞳はマルコのものだった。
あんなに青く美しい目など他にあるわけがない。
今は怒りに染まり、信じられぬほど鋭くぎらついてはいても違えようがなかった。
「えっ……」
銃弾を受けた鳥にサッチの顔が真っ青になるのも束の間、その体がより勢い良く炎を噴き出した。
流れ落ちる血を振り払うように溢れ出したそれはその威力が収束すると共に受けた傷を無くした。
「治った……」
呆然とサッチは呟いた。
目の前で起きた出来事が信じられないというように。
「傷が塞がったぞ!?」
「この化け物が――!」
傷の癒えた鳥に向かって再び銃弾の嵐が飛ぶ。
――違う。
空を舞う青い鳥をサッチは見つめる。
荒れ狂う鳥はまだ動きを止めない。
自らの行為で己の体が傷つくのも厭わず――。
自我さえも失い、ただ本能のままに飛び回る、青い鳥。
甲高い鳥の鳴き声はまるで泣いているように聞こえた。
――あいつは……マルコは……化け物なんかじゃない。
サッチの心が固まった。
「やだっ! 何これ……!?」
女性の声を初めとし、新たな悲鳴が起こる。
青い炎を散らす猛々しい鳥の他に訪れる新たな事件。
広場のその片隅から霧のような黒い闇が噴き出した。
その中心にいるのは紛れも無いサッチだ。
あの日、能力を身に付けたことで両親を恐怖に陥れ、捨てられるきっかけとなった忌まわしい能力。
全てを吸収し、破壊することの出来る悪魔の力。
人には晒したくなかった深い闇――。

――やっぱり俺の方が化け物だ。
未だ暴れ続ける鳥を見てサッチは思う。
街を破壊するマルコは炎の鳥に意識を奪われ、自身の体が傷つくのも厭わずに飛び狂っている。
溢れ出す炎。
だがその炎は無害だ。
いくらその身が燃え上がろうともその炎によって傷つけられるものはいなかった。
自分も浴びた、鮮烈とした炎はむしろ色だけならばとても美しく、触れた感じもなぜか穏やかだった。
肌を引き裂くように周囲を犯す鉤爪やくちばしこそ恐ろしいが体を覆う羽毛は触れたとしたらきっと上質の柔らかさをもたらすだろう。
けれど、自分は違う。
サッチが生み出す闇の力はマルコの手にした力とは性質が異なる。
ただ燃え盛る青い炎とは違い、広がる度に周りを呑み込み、押し潰し、崩れさせていく。
サッチの能力はまさに『破壊』を示すものだ。
――あの炎とは違う。
青く揺らめく炎を脳裏に焼き付けながらサッチは思う。
破壊を繰り返す中で自らも傷を負う鳥はその傷をその度に癒していた。
より激しく燃え盛る炎の中で蘇る体。
――あれは『生』だ。
今この現状でこそ衝動によって破壊を繰り返しているがその能力の根本は破壊ではなく、再生。
反してサッチが持つのは周囲を呑み込み、何もかもをその内側で崩壊させる力を持つ闇の能力。
自らの持つ能力が〈喪失〉であるのに対し、マルコが持つ能力は〈再生〉。その能力は本来ならばマルコの身を生かすために用いられるべきなのだろう。
あの心優しい少年が今繰り返している行為を本当に望んでいるとは思わなかった。
――お前は化け物なんかじゃない。
闇が空を切った。

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